第007話 「牙を剥くべき敵」
「鉄谷セイ、ね」
なんとか、記憶を忘れてしまおうと男たちの財布から学生証を抜き出す。
八顕学園の学生証はプラスチックのカードだ。構造はどうなっているのかわからないが、薄型のタッチパネルになっており、記録の更新などもリアルタイムで行われるらしい。
らしい、というのはそれを手に入れたのが昨日で、勿論新入生という事もあって更新されることがまだないからだ。
「あ、あの」
ちらり、と冷撫の方を見る。
俺の事情を知っている冷撫は、自分が結果的に何をしたのか理解したようで、彼女に向かって浮かべていた愛想笑いが引きつりつつあった。
同時に、俺の表情を読み取ったのだろう。東雲にそろそろ行かないと、と俺を指差して路地から出ていこうとする。
「貴女も、ここに居ず教室発表の場まで行ったほうがいいですよ」
「ありがとうございました。……助けてくれたお方、名前を教えてくれませんか?」
……俺は、その言葉を聞いて。
自分の事を覚えていないのか、と安心した。とすぐあとに、5年で容貌がかなり変わったこと、髪の色が完全に違うことを鑑みて当たり前かと判断する。
さて、どうしようか。ここで東雲に本名を教えるべきだろうか。
それとも「5年ぶりだね、ちぎりー!」と戯けてやるべきだろうか。
「八龍ゼクス」
うん……前者だ。
名前を教えないという選択肢は、後々面倒なことになるから却下。
さて、離脱だ。
このままだと、殺意を堪えきれなくなりそうだから。
半ば彼女を引っ張るようにして、早足で路地から脱出する。
彼女は、路地を出たあたりで俺に泣きそうな顔を見せた。
「……申し訳ないです」
「いいよ、冷撫のせいじゃないし冷撫は悪く無いから」
でも、怖い顔をしていますと冷撫は言う。
それは自分自身も分かっている。目標の人物を、気付かずに助けたなんて正直夢だと思いたい。
俺は彼女を傷つけるためにこの学園へ来たというのに。
彼女は、自分が悪いと言って欲しいんだろうか。
なんとなく、分かる気がする。
しかし、俺は彼女を責めることが出来ない。
「冷撫は自分の正義心で俺に、頼んだんだろ」
「…………」
彼女の返答はない。
冷撫は真面目な女の子だ。だからこそ、ああいうのは同じ性別であるという意味でも、倫理的な観点でも、見逃すことが出来ないんだろう。
でも、俺は違う。俺は自分と、自分の周りさえ良ければそれでいい。
冷撫みたいに、まっすぐな心は持ち合わせていない。
「あ。これ返す」
たった今思い出したように、俺は【顕装】を彼女に差し出した。
銀色の小さな箱に戻ったそれを、冷撫ははっとして受け取る。
「使い勝手は良かったですか?」
「うん」
少なくとも、この学園のレベルは大体わかったような気がする。
言ってはいけないことだろうけれど、あまり期待しないほうが良さそうだ。
「さて、アマツと合流しますか」
「そうですね」
そろそろ入学式も終わった頃でしょうし、と。
冷撫は、自分の白い腕時計を見つめて時間を確認しつつ、コクリと頷いた。
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『ええー。最後に、入学試験の賞与をする』
……っはぁ。
やっと終盤に差し掛かってきたか、と欠伸をしつつ俺、神牙アマツは椅子に座り直した。
1時間ってのは、思った以上に体感時間が長い。
今いる場所は体育館。もう、なんというべきか。
体育館というよりはスタジアムに近い大きさだ。観客席は1万人収容可能なんて謳っているのだから、当たり前か。その観客席に新入生が集まっている。
普段はいろんな行事が行われるのだろう。
そのフィールドに演壇が設置されて、そこに教頭と名乗る男がぺちゃくちゃと話をしている。
……さっきまで本当に座りっぱなしだったからな。学園長の話はともかく、【顕現】の属性説明とか、【顕装】の説明なんて、知らないでこの学園に来る人のほうが少ないっての。
てか、ほぼいねーな。
でも、一応いるのか。この八顕学園に来て初めて【顕現】を習いますなんていういい子チャンも。
……はぁ、俺も次席にならずちょっと手を抜けば、今頃ゼクスや鈴音と一緒に学園散歩できてたのによ……。
『入学試験次席、神牙アマツ』
「はい」
おっといけない。
呼ばれた。
俺はほぼ条件反射で返事をし、立ち上がる。
席移動だ。俺は観客席の方からフィールドへ移動し、特別席へ向かう。
……クソほど恥ずかしいな。やっぱり来るべきじゃなかった。
自分の頬が、赤くなるのが分かり俺は確信する。
すれ違っていく中で、「神牙家の息子で次席なのかよ」とか、「全く知的に見えないんだけど」とか、勝手なことを言われる。
前者は神牙家を良く評価してくれてるんだろうが、後者は完全に中傷だな。
俺は怒りの沸点が低いんだ。そういうことを言われると、「おうおう、知的に見えなくて悪かったな」って掴みかかりたくなる。
が、今は我慢する。こんなところで騒ぎなんて起こしてられないからな。
特別席は、ちょうど「その他」の新入生と対面するように配置されていた。
どかっ、とそこに座り込むと俺はとりあえず「アイツら」が居るか目で確認する。
勿論、【八顕】と【三劔】の奴らのこと。
ああ、居るわ。合わせて3グループか、それぞれの関係が目に浮かんでくるぜ。
「こちら側」の人たちが、軽く礼をしたり、手を振ったりするのが見えた。応えるように、そちらを見て頷いてみせる。
さてさて、首席は誰かな?
『首席、蒼穹城進』
……ああ、俺はコイツを知っている。
幼少期に何回か、【八顕】の会合で出会ったことがあるし、ゼクスから話は聞いた。
その一見中性的で優しげな整った顔も、「蒼穹城」という名前が指す通りの、青空のような色をした長い髪の毛も。
幽玄な、オレンジ色の瞳に隠されている人を見下しきったそれも。
コイツが、幼少期にゼクスを見捨てた野郎だ。
「久し振りだね、神牙君。……君は何で、そんなに僕を睨んでいるのかな?」
俺の隣に、俺とは対称的な優雅な動きで座り込んだ彼は、こちらを横目で見て話しかけてきた。
こちらは不機嫌さを隠さず、そのままソイツに返答をする。
「さぁな。……自分の胸によく聞いてみな」
「うーん……僕には分からないや」
俺たちが私語をしたところで、それを止める人は誰もいない。
生徒たちには聞こえていないだろうし、周りの大人たちは俺達が【八顕】の子息であることから手出しが出来ないんだろう。
自分の立場の方が大切なはずだ。
だからこそ、蒼穹城みてぇな野郎が付け上がるんだよ。
『では、蒼穹城君。入学生代表の挨拶を』
「はい」
こちらが腹立つほど爽やかに返事をした彼は、こちらを見て「じゃあ、またお話しようか」と一見優しげに笑いかけると、背を向ける。
……ああ、この場で堂々と寝てみたい。
次回更新予定 → 2016.1.25 0:00過ぎ