第068話 「染み付いた恐怖」
「蒼穹城劫様、司様。……悪い知らせがございます」
ゼクスが寝かされている集中治療室とは別の場所で、蒼穹城の当代と妻は、手術中である息子の様子を医師から伝えられていた。
勝者であり、特別な治療が必要なく時が経てば目覚めるだろうゼクスとは違い、進は重症だ。
肩から腕を切り離され、接合不可能と判断される。
急いで義肢に取り替えている途中ではあるが、そこで問題が発生したのだ。
「右手に、【顕現】を使った義肢が使えない?」
「はい。……正しくは右半身全てが、【顕現】に対して拒絶反応を起こしています」
勿論、それはゼクスのしわざであった。【reject】を使い、進が今後二度と右手から【顕現】を発動させないようにする。
自分を無能と、ゴミと呼んだ男に【顕現者】としての無能さを付与したのだ。
「どうして……?」
「八龍ゼクスの顕現特性が原因かと。……それに、あの【髭切鬼丸】が残した切り傷が直接的な原因です」
蒼穹城司は、涙を流しながら医師に聞く。
医師の答えは淡々として、感情を失ったもののようだった。
司はゼクス許すまじと考えていたが、劫は違う。
自分に覚悟が足りなかったのは最も恥ずべき点で、命乞いをしたのも蒼穹城家をこれから没落させていく原因になるだろう。
代々引き継がれ、しかし初代以外の全員が所有者として認められなかった【髭切鬼丸】は、八龍ゼクスの手に。
しかし、劫は手術室の中で横たわっているだろう進の事を考える。
この息子が居れば、それでも蒼穹城家は続く。
八龍たち【三劔】と違い、どれだけ没落しようが蒼穹城は【八顕】から外されない。
進が生きていて、よかったと。
「……非【顕現者】に使う義肢は使えるのだな?」
「それは勿論。しかし、最新のものを使用しても元の身体には戻りません」
開発が進んでおり、日本では元の手足のように動かせる義肢は存在する。
するが、それはリハビリが長く必要になるだろう。
短くとも元に戻るまで1年……。学園に復帰するにも数ヶ月かかるだろう。
そう予測した劫は、隣でわなないている司にこういった。
「……もう、八龍家に関わるのはよそう」
「しかし、これだけ進がされて……」
「教育してこなかった私達の責任だ」
甘やかしてきた自分の責任だ。
もう少し厳しくしつけていたら、こうにはならなかっただろうか。
「自由にさせて、こうしてしまったのも私達の責任だ」
劫は自分の両手を握りしめる。
彼から発せられる【顕現】が手を覆い、医師はぎょっとしながら慌てて去っていく。
八つ当たりを恐れたのだろうが、劫はその気力すらなく【顕現】をやめた。
「今の私に、八龍冷躯はおろか――八龍ゼクスさえ倒すことはできないだろう」
刀眞獅子王と同じく、冷躯より5歳上だった彼はあの日、全員で挑みかかって全員が完膚無きにまで叩き潰された。
今のゼクスの表情は、アレをさらに恐ろしくしたものだろう。
バトルジャンキーで、ただ戦いたくてけんかを売ったわけではない。
強く進を憎んでいる。そして本当に「復讐」は実行された。
「八龍冷躯の恐怖を、私は知っている」
劫は学園生活時代で1度だけ、カナン・ファフニール――今の八龍カナンに手を出したことがある。
やんちゃをしていた頃、刀眞と共に襲ったのだ。
当時、すでにカナンと冷躯が付き合っていたことを知らず。
その時の冷躯は【三劔】はなく。
ただの一般の【顕現者】でしかなかったが、鬼神の如き怒りを爆発させて未遂であった2人を半殺しにし、【顕現者】の回復力を持っても全治1年の大怪我を負わせたのだ。
四肢の欠損は一つもないが、その恐怖は彼の芯に焼き付いている。
「……私は戦いたくない」
劫は、自業自得とはいえそれを思い出し、身体を震わせる。
それから彼は、出来るだけ冷躯に近づきたくないと考えていた、
「臆病者」
「はは。司に言われては言い返せないな。……頼むから、決闘をしかけるなんていうのはやめてくれ」
「……分かりました」
劫は初めてとも言える、司の厳しい言葉にも劫は弱々しく苦笑することしかできない。
手術室の中では、今も進が生と死の間をさまよっている。
第3章本編終了!
次回更新予定は明日で、まとめ→小話→小話→未定。
小話が早く終われば5話以上更新もありえます。




