第064話 「決着」
「自分自身のやっすい命を取るか、この刀を返してもらい自分は死ぬか。選べ」
八龍ゼクスの口調は、実に淡々としたものであった。感情はほぼ込められておらず、ただ事実を突きつけるように蒼穹城進へ選択を迫る。
命か、それとも刀か。仮に進がどちらをとったとしても、ゼクスに直接的なダメージは一つもない。
命を取れば【髭切鬼丸】を手に入れた上、勝利するため【なんでも】【すきなだけ】願いを聞き入れてもらえるという。
最初に蒼穹城側が要求に【顕煌遺物】は含まれないといった時、ゼクスはすでに勝利を確信していたのだ。
刀を取れば、それもそう変わらない。ゼクスは完全に進への復讐を完遂できるがゆえに、所有者を指定した【髭切鬼丸】は蒼穹城家を拒絶するだろう。
もともと、【髭切鬼丸】は蒼穹城家のものではない。蒼穹城家初代当主である、「空城國綱」のものである。代々形式的に受け継がれているだけであり、真の所有者は【顕煌遺物】自身が決めるものだ。
それを分かっている来賓客の数人は、ゼクスに興味を持った。
神牙ミソラは彼をもっと研究したいと考えたし、終夜スメラギは古都音の想い人を認めても良いのではないか、寧ろ嫁がせたほうが良いのかもしれないと判断しかける。
「ぼ、僕は」
その意味を理解できないほど、進は馬鹿ではなかった。
自分の力を過信していたとはいえ、価値は充分に分かっているつもりだった。
……つもりだっただけで、自分に真価を発揮しない【髭切鬼丸】に対して役立たず呼ばわりはしていたが。
ゼクスが進に選択を迫る中、声を上げたのは来賓席から立ち上がった現代当主の劫である。
「ま、待ってくれ」
「まちませんよ。フィールドに入ったら貴方も敵とします」
決闘のフィールドへ、飛び降りかけた劫に対してゼクスは忠告を与えた。
蒼穹城家親子を含め、会場には誰一人。彼が【顕煌遺物】の所有権を手に入れて真価を発揮させていながら、その能力を全く使っていないと判断していなかった。
輝きがハッタリであると誰も、考えなかった。
それ故に、今八龍ゼクスに「敵」と判断されるのは彼への敗北と直結する。
フィールドに降り立つのを諦めた劫と、フィールドに突っ立って居る進。
二人を交互に見ながら、ゼクスは笑う。
顔を大きく歪め、さも愉快そうに笑っていた。
愉悦を覚えていた。
「乱入して俺と戦い、勝っても負けても蒼穹城家の名前に泥を塗るか」
【神牙結晶】の効果がやっとこさ薄れ始め、ゼクスの顔に狂気が浮かぶ。
狂ったようにひとしきり笑って、ゼクスは目の前の人間を、愚者を見つめる。
「あ、どっちとしてもこんな男がいる時点でそう変わらないか」
挑発に、2人とも動くことができない。
ゼクスは高笑いし、静まり返った会場を見渡す。
その姿に、来賓席に座っていた冷躯や終夜スメラギたちも。
観客席にいた、八龍カナンさえも。
――全員がドン引きしていた。
ただ数人、神牙アマツや終夜古都音、鈴音冷撫だけはそれぞれ別の思いを抱いていたが。
神牙アマツは、ゼクスがそうやった意味をわかっていた。
出来るだけ他人に迷惑は掛けたくないらしいが、今回は完全に度外視しているようだと、冷静に分析している。
終夜古都音は、蒼穹城のことなどどうでもよく。
ただただゼクスがこのまま壊れきってしまわないか心配していた。深い闇を負ったゼクスを救いたい気持ちが心に充満し、いつの間にか彼を思って静かに涙を流す。
隣で父であるスメラギがドン引きし、「でもアレだけ敵に容赦ないなら」などと口走っているのを聞いて、認めてくれそうだと安堵もした。
鈴音冷撫は、目の前に起きた状況にたいして自責の念を抱いている。
自分たちのせいでゼクスが復讐心を我慢し続け、今の状況を作り上げてしまったと、己を責めていた。更生させようと考えていた自信が間違っていたのかもしれないと。
様々な思いが交錯し、しかしどれも捻じれ交わることの少ない空気の中。
劫は頭を下げてゼクスに懇願する。
「……私はどうなっても良い。息子を助けてくれないか?」
蒼穹城家が一少年に頭を下げる、という前代未聞の事態にも。
ゼクスは取り合わなかった。
「遅い。なら、あの時にもう止めるべきだった」
視野の狭くなりつつある彼は、そういって吐き捨てると誰もが「怖い」と判断しそうな顔で、次の言葉を口にした。
見捨てられたあの日。彼らはどんな視線で自身を見、どれだけ汚い言葉を吐き捨てたか。
ゼクスはもう、明確な言葉を覚えていない。覚えていられないほど、憎しみを持った。
「【髭切】という刀が何故、【鬼丸】と呼ばれるようになったか、知っているか?」
その言葉に、蒼穹城親子はぞっとした。
ゼクスが別の【re】式を重ねがけして、刀身に影響をおよぼす。
「【4】:【re】:【ject】」
単語の意味は【拒絶】。刀身にそれを付与し、ゼクスは蒼穹城に斬りかかった。
刃の抵抗はない。そのまま豆腐を両断したように――右目が弱くなっている方。
蒼穹城進の右手を、ゼクスは【髭切鬼丸】で切り捨てた。。
「この腕1本が、【顕煌遺物】と同じだけの価値あるものか?」
進は声を上げることができない。其の【権限】を持っていないかのように。
右目の次は右手を失い、血が噴き出す。
「目の前に居るお前が、俺をゴミ呼ばわりできるレベルの人間か?」
ゼクスの目は冷ややかだった。同時に復讐心も大きく冷めていた。
意識が朦朧としてきた彼に、再び選択を迫る。
「さあ、答えろ。本気で命か刀か、どちらを選ぶ」
進は親のほうを見つめた。劫の姿すらまともに認知できない。
早く終わらせないと、死ぬ。
【顕現者】は一般人よりも頑丈としても、血がなくなれば死ぬ。
死ぬのは嫌だ。死ぬのは嫌だ。
進は、自分の命を選ぶ。
「命だ」
「なら、つまり――。今の蒼穹城は、まったくもって"彼女"の気持ちを理解していない」
消えろ、と。
ゼクスは、次こそ蒼穹城を肩から腰へ、一直線に切り裂いた。
実際の刀と意味を混同したり、名前を混同したりがありますが仕様です。
次回更新予定は今日……? 書けたら出します。




