第061話 「顕煌遺物:【髭切鬼丸】」
「もう、負けられない」
蒼穹城進の内心は、焦りでいっぱいだった。
あの時の親の顔。刀眞と善機寺以外の全ての人間を、人間と思っていない彼でさえ、親の顔くらいは気にする。
自分の親は、自分に失望しつつある。
しかも、今回は【髭切鬼丸】なんていう値段にできないようなものまで持ってきてしまった。
自分のわがままだ。それは理解できても。
愚者は愚者で、自分の力を未だに過信していた。
「ぐっ」
進は大薙に【顕煌遺物】を振るった。彼から供給される氷属性の【顕現】を動力源とし、【髭切鬼丸】は薄水色の輝きを持ち、刀身を輝かせて切れ味を良くする。
しかし、それだけだ。真価を発揮した【顕煌遺物】は、使用するものにさらなる顕現力の向上や身体能力の向上をもたらすとされている。
勿論、蒼穹城家の初代当主はそれがあるからこそ絶大な力を誇った。
だが……、進よりも数段階上の格を持つゼクスに、真価を発揮できない進の攻撃はあまりにも遅く見えた。
斬撃が風を斬るが、その音に反応してゼクスはまるで刀の通り道を知っていたように避け続ける。
蒼穹城進には目もくれず。
「おいおい……」
「くそっ」
するりと刀の筋道を感覚でよけながら、ゼクスは攻撃に出ることにした。
右の拳を握りしめ、顕現式を唱える。
誰にも再現不可能な、【re】式……ではなく。
もう「一つ」の式を公の場に晒す。
【4】:【exe】:【cution】――。
【re】式ではなく、【exe】式を。
数千人の観客の中で、晒した。
【execution】、単語の意味は、「遂行、執行」。
その意味だけで、11家の殆どはこれからゼクスが何をしでかすのか、理解する。
「んな!?」
相手が何を仕掛けてきたのか全くわからない状態で、蒼穹城進はどこまでも愚者として踊り続ける。
体に特別な変化がないと見込み、そのまま突っ込んだのだ。
【髭切鬼丸】を上段に構え、突進するその姿は主人公であれば格好良かっただろう。
しかし、この場ではただのピエロでしかなかった。
「これが」
進は、こちらに反撃をしないことに自分の力を思い知ったと勘違いした。
上段から容赦なく【顕煌遺物】を振り下ろし、一撃目。
ギリギリでかわしたが、【髭切鬼丸】の剣の長さが少しだけ伸び、ゼクスの胸を掠める。
これも、彼の【顕煌遺物】の効果だ。
「僕の」
次は横薙ぎ。ゼクスはスライドするように後ろへ移動。
しかしそれも、いきなり伸びた刀に制服が切られ、一筋の傷から血によって僅かに滲んだ。
観客は皆、蒼穹城進への挑戦者が攻めあぐねていることを確信した。
寧ろ、前の試合で他対一でも勝っていた彼は、ただの偶然だったと確信した人もいる。
しかし、それは大きな間違いだった。
「力ぁぁっ!?」
最後の一撃、首を薙ぐように横に振った"それ"を。
ゼクスは、片手で受け止めた。
血はにじむが、通常抵抗なく吹っ飛ぶ指はなく、受け止め切っている。
「過信しすぎだろ、だから負けるんだよ」
多くの者が予想しないことをゼクスはやってのけ、すぐに次の行動へ移行した。
刀を掴んだまま、相手へ接近し鳩尾に左手で一撃食らわせる。
そんな光景を、冷躯は誇らしげに見つめていた。
顕現力の扱いを教えてきたのは刀眞獅子王ではなく、彼であるから。
ゼクスが復讐を諦めていなかったことは、親として自分の責任ではあるが、そこまで強くなった彼を本気で褒め称えたかった。
「1日平均何時間鍛錬してきた? 俺を見捨ててからだよ。1時間もやってないんだろ、自主的に」
「だからどうした。僕は君と違って、才能がある」
「そのくらい俺だってあるさ。お前らはきちんと俺の検査結果を見たのか? 俺は【詠唱開始から発現までの時間が短すぎる】んだよ。だから正確に顕現できないんだ」
吐き捨てるようにゼクスは言葉を紡ぐ。乱暴に紡がれた言葉は刃となり、進を貫いた。
ゼクスは毎日欠かさず最低6時間、自主鍛錬を行っている。
授業で疲れた日も、一日もかかさず。
門限がある寮では室内でしか出来なくなったが、それまでは冷躯に連れられて外で行っていたのだ。
芯に染みこむような寒い日、雨の日も。
自分の体が吹き飛ばされそうになる程の風の日でも。
また、焼けたアスファルトの中で。
ゼクスは、己の強さのために「冷躯が行っているレベル」の訓練を、3年前から行っている。
「この武器はお前には勿体無い。……【顕煌遺物】が泣いてるぞ」
すかさず二撃目の殴打を次は下腹部へ。
進が吐瀉物を堪えきれなくなり口から吐き出し、怯んだところをゼクスは逃さない。
そのまま、【顕煌遺物】である【髭切鬼丸】を進の腕からはたき落とし、刀身ではなく柄をしっかりと握った。
変化が起こる。
「ん、お?」
蒼穹城進の氷属性から、ゼクスの6属性を供給し始めた【髭切鬼丸】が、歓迎するように光り、輝き始めたのだ。
平常を装っていた蒼穹城劫も、流石に「馬鹿な!?」と声を上げ。刀眞獅子王はこの時を持って、初めて刀眞胤龍を手放したことを後悔する。
「な……!?」
誰もが驚く中、ゼクスは自分に湧き上がってくる確かな「力」を感じ取っていた。
【体力】とも【顕現力】とも違う、全くもって違った一つの力を手に入れたと確信する。
「こりゃあ、いい」
蒼穹城進は、愕然とした。
目の前の存在に初めて戦慄した。
【髭切鬼丸】は、八龍ゼクスを今代の所有者として、認めてしまったのだ。
彼は……もう駄目みたいですね。
次回更新は明日です。




