第056話 「神牙アマツの朝は早い」
神牙アマツの1日は早い。朝3時にはベッドから這い出てパソコンへ向かう。
ちょうどゼクスが室内での鍛錬を終わらせ、シャワーをあびている頃のことだ。
彼は隣で僅かな水の音が聞こえるのを確認して、結局この時間まで毎日やっていたのかと起きてすぐ回転しない頭で考えた。
極々自然な動きでインターネットブラウザを開き、アクセスするのは【顕現】関係のフォーラムだ。
ゼクスには縁のない場所であるが、アマツは親が親なこともあり日々昼夜問わず最新の情報が流れては消えていく場所をじっと眺めている。
「……ほほー」
気になった場所を覗き、アマツはそんな声を発していた。
【顕現】が感情によって活性化する可能性が出てきたと、神牙研究所が発表したのである。
勿論彼自身は知っていたことだけれど、『気合』など感情の浮き沈みで一時的に強くなれると知った人々の反応は様々だ。
今まで小説などで何度も疑問視されてきた『幻想』が、『現実』として認識せざるを得なくなってくる。
教科書が変わっていくだろう発見に、アマツは思わず考えを口にしていた。
「なるほど、だからゼクスは強いのか」
復讐心一直線のゼクスは、恐らく『復讐心』という感情を原動力にしているのだろうと。
アマツは自分自身が、ゼクスの復讐を援助することで何が起こるかわかっていなかった。
そもそも、その動機が曖昧。ただ自分が「そうしないと行けないと感じた」からであり、しかしそれに5年も従っている。
自分が、ゼクスが間違っているとは考えていない。
「復讐は何も生まないらしいが、とうとう『力』を生み出せるようになったらしい」
アマツは少し狂ったような笑いを顔にうかべて、パソコンから手を離す。
部屋の中は暗い。ある明かりは目の前のディスプレイのみだった。
その光から目をそらし、照らされた簡素な部屋を見回す。
「……なぁんかたりねえなぁ」
ゲームでもするか、それとも寮から抜け出すか。
アマツは考えたが、すぐに後者を選択した。
たしか、鈴音は窓から外に出ていたっけと思い出しつつ、窓を開けてみる。
一般人から考えれば充分に高く、落ちたら骨が何本逝くかわからないといった感じだろうが、【顕現者】であるアマツはどうとも思わない。
受け身を取れば、無傷で行けるだろう。
「なんか、変なこと考えてないよな?」
「ひぃ!? ……なんだ、ゼクスかよ」
声を引きつらせ、アマツは隣の窓から訝しげにこちらを見つめているゼクスを見やる。
なんもないよ、と男はそう言った。が、銀髪の男は納得しない。
「ただ、ちょっと夜の散歩に」
「変なこと考えてるじゃないか。……普通に出て行けよ」
「それだったらバレるじゃん?」
「それもそうか」
ゼクスはアマツの言葉に納得しかけ、考えなおしてすぐにそれを否定した。
駄目だろと。
「冷撫と同じレベルに落ちるのか、アマツさんよー」
「うっせ」
煽られたアマツは口をとがらせて、お休みとゼクスを急かす。
アマツは先程起きたばかりだからいい。寧ろ今が活動時間だ。
しかしゼクスは違う。今さっきまで鍛錬を積んでいたのだろうし、早く休ませたほうが良いと判断できる。
「はいはい、窓から飛び降りるなよ」
「わあったよ……」
ゼクスの表情が変わる。
彼を見つめて、アマツはその理由を理解した。
「ついに今日だな」
「ああ。……お互い頑張ろうぜ」
何を頑張るかはよくわからないが、今日は「11家会議」だ。
アマツは自分の父親を思い浮かべる。あの人なら、八龍冷躯を全力で庇うだろうと予想できた。
もし、立場的にゼクスが窮地に陥ったら、自分も同じことをする。
確信出来るだけの余裕があった。誰かの為に自分のことを顧みない行動が格好いいと、そう思ったわけではない。
けれど、自分の婚約者が。自分の援助すべき相手が危なくなった時。
アマツはまず間違いなく、自分を犠牲にする。
「おやすみ、アマツ」
「おやすみ」
ゼクスが顔を引っ込めたのを確認して、アマツもそれにならった。
……ああいう笑顔が、普段からも出てくるようになるのは何時になるだろうか。
学園に入ってから、アマツが見たゼクスの笑顔は数えるほどしか無い。
それも、先ほどのような本当の笑顔は少なく、ほとんどが笑顔に似た何かというのが多かった。
「昨日は大分おだやかだったな」
アマツは、アガミから終夜古都音とゼクスを一緒にしたことの報告を受けている。
アガミからしても、「古都音さんの機嫌が良かった」とあるしゼクスはこの状態だ。
「やっぱり、鈴音がゼクスを……は無理だよな」
古都音には、鈴音冷撫にはできない覚悟ができる。
鈴音には将来が決まっており、古都音はまだ決まっていない。
迫られていると言っても、それは婚約を正式に交わしたわけではない。現に終夜家当主も「刀眞とは嫌だ」と徹底抗戦の構えである。
そこにゼクスが認められたら? ゼクスが終夜家当主に認められ、古都音と結ばれれば?
ゼクスが将来的に自分たちの味方になってくれるとは確信できないが、敵になることはないだろうと。
アマツは、隣の部屋に居る男のことを考えた。
「どこだって、ゼクスは刀眞と蒼穹城の邪魔をする」
それは、復讐だけでないメリットを神牙たちに与えている。
アマツはわかっていた。だからこそ、止めない。
刀眞と蒼穹城の力が弱くなれば、アマツは鈴音冷撫を護ることが出来る。
終夜古都音が怯えることもなく、その他多くの家が苦しむこともない。
神牙アマツは、八龍ゼクスを救世主にしたかった。
---
アマツが部屋で再びフォーラムを見つめ始めた頃、病室で蒼穹城は自分の父親に電話をしていた。
「だから。【ゼガシー】を使わせてほしいの。今度こそ勝ちたいから」
「父さん、僕は蒼穹城進だよ? 蒼穹城家に代々伝わっているそれを、使えないわけ無いでしょう?」
「使えると使いこなすは違う? ……真価を発揮できるとは限らない? でも、ソレがあれば少なくとも、再現が不完全な【顕装】よりは性能がいいんでしょう?」
どこか苛ついているように、進は受話器を持って喚いていた。
「条件? ……分かったよ、明日それを聞いてちゃんとするから」
不敵な笑みを浮かべて、進は受話器を置く。
その笑顔に、自分の敗北を疑うものは一つもない。
噛み合わなくなり、ギシギシと悲鳴を上げている彼の、「運命の歯車」が砕け散るまで。
カウントダウンは着実に、「進」んでいる。
次回更新予定はまたもや今日。
これからについて意見を頂きたく。
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/203855/blogkey/1345880/




