第054話 「終夜古都音」
「申し訳ないんだけれど、今から古都音さんの事少しだけ頼んでも良い?」
俺の部屋に駆け込んできたアガミに、俺はベッドから起きだして「は?」と返答をした。
ええと、何を言っているのかな。
今、時間を見ればまだ8時で、授業が始まるまでまだまだ時間はあるのだけれど。
「ちょっと斬灯に呼ばれて、護衛できないんだわ」
「……何すればいいんだ?」
「いや、何もなければ普通に付き合っててくれ。古都音先輩に危害がありそうだったら無力化してくれ」
絶対に骨とか折るなよ、絶対にだぞと念を押され嵐のように部屋から出て行くアガミ。
俺はそんな彼の後ろ姿を呆然と見つめながら、集合場所として示された中庭に向かうことにした。
それにしても月姫詠に呼ばれて護衛ができないって、なんだよそれ。
色々と突っ込みたいがそれを我慢し、改良された【神牙結晶改】を装着。
今回はペンデュラムネックレスではなく、腕輪型になっている。
さながら、高級宝石のバングルだ。
「それにしても、アガミと月姫詠って出来てるのかね」
変なことを考えつつ、一瞬あとに無いなと確信する。
月姫詠はどうあれ、アガミの方は任務を真っ当しない限り他の女性に気を引かれることがないのだろう。
まあ、どうも公私混同が勿論ご法度らしいから、それも可能性は低いだろうけれど。
「あら、ゼクス君。おはようございます」
「おはようございます。……アガミの代わりに来ました」
古都音先輩は、すぐに判別がついた。
背が高いということもあって、探しやすいのが特徴。
あと、周りの女子よりもレベルが2段階ほど違う。
俺は古都音先輩を見やった。昨日、俺はなんて言ってたっけ?
復讐が終わったら癒やしてくれ、って言った。
で、古都音先輩は一生支えるとか言ってなかったか。
あれ、本気か?
「本気ですよ、ゼクス君」
「……口から漏れてました?」
「はい。あと敬語は必要ないです」
いやいや、お前が言うなと。
古都音先輩は誰に対してでも敬語で話をする。
教師であっても生徒であっても、後輩であっても同じだ。
うーん、見つめているとやっぱり美しい。
可愛いではなくやはり、古都音先輩は美しい。
「まだ練習中ですけれど、料理もできるようになりますし」
「ほぇー」
召使にやらせればいいことなのに、自分でやろうとするのか。
変な令嬢だな。八龍家は金があるとはいえ基本は一般家庭だから家事もするけれど、もし召使が居るのなら俺何もしない自身があるよ。
そういえば、なんで俺なんかに支えるなんて言えるんだろう。
「俺【なんか】ではないのです。ゼクス君はゼクス君ただ一人。まあ理由を言えばですね」
……また、心の声が口に出ていたらしい。
俺は古都音先輩と歩きながら、妙に顔が赤くなるのを感じた。
「そうですね、初めてあった時に救いたいと思ったのが最初ですね」
「救い、たい」
「復讐にとらわれすぎて、自分をも破壊するんじゃないかって心配になっていたんです」
前だって、危なかったんですよと古都音先輩。
たしか、アガミは古都音先輩に指示されていたと言っていた。
邪魔されるのは癪だけれど。別に、俺のことを思ってやるのなら悪い気はしない。
父さん、母さんと同じ感覚がする。俺の状態を認めていながらも憎しみに支配されるのをなんとか止めようとしていた。
そのおかげか、普段は普通に会話ができている。
何らかのトリガーでそのタガは外れてしまい、ブレーキが効かなくなってしまうけれど。
「次にあった時、私はゼクス君に『貴方の敵になれない』といいました」
「うん」
それは覚えている。変なことをいう人だなと思っていた。
ならないだったら分かるんだけれどもね。
古都音先輩は、空いているベンチに「座りましょう」と俺を誘った。
承諾すると、座り込んでそっと距離を詰めてくる。
「そういえば、授業は?」
「今日は取っていないのです。普段は授業のない時間、アガミとこうやって座ってお話をしたり、本を読んだりしています」
羨ましい。アガミそこ代われ。
ていうか今代わってるのか……居心地は悪くないな。
「来週までに履修届は忘れないようにしてくださいな」
「あ、うん」
そんな話をしてから、元に戻す。
穏やかな風が、古都音先輩の髪の毛をなでつけた。
「ちょうどあの頃から、ゼクス君のことを思い始めていた気がします。それが恋愛感情なのか、はたまた別のものなのか私には理解ができません。けれど、そばに居てゼクス君を癒やしたいと本気で考えています」
それを成し遂げるには、刀眞遼の存在が障害になっているのですけれどと、古都音先輩は顔を曇らせる。
……中々できることじゃ、ないよな。
出会って数日しか経っていない人を「癒やしたい」なんて思わないよな……。普通に癒やすならまだしも、古都音先輩は一生なんてきた。
どれだけ聖人なのやら、俺にはわからない。
けれど、彼女と居ると心が穏やかになる感覚がした。
古都音先輩が、俺を癒やしてくれる気は確かにしていた。
でも、それと復讐は別案件だ。
きちんと完遂する。蒼穹城だって、たかが目1つでギブアップしないだろうし、東雲は間接的に色々と細工をしたい。
刀眞遼は……ま、古都音先輩を彼から引きずり離すだけでもダメージになるだろう。
それも微々たるもので、一人ずつ手とか足とか欠陥をもたせるのも良いかもしれないな。
ていうか、刀眞は殺す。刀眞遼はともかく、両親は絶対に殺す。
親という後ろ盾が無くなったあいつに、刀眞家がやってきたことを暴露すれば全てがあっちに流れるだろう。
「……怖い顔をしていますね。また復讐のことを考えていましたか?」
「とめないで」
「……もう、止めません。ですが忘れないで、傷ついた時は私がいます。……まだ何ができるかわかりませんが」
「そばに居てほしい」
本当の意味でそばに居てくれる女性が欲しかった。
冷撫は結局アマツと結婚するから、今精一杯のことをやってくれているとは思うけれど、安心感がない。
俺がそうこぼすと、古都音先輩は俺が本音を出したのを嬉しく感じたのか頬を真っ赤にした。
そしてもうちょっと近くに寄って来る。
「はい、私はここにいます」
本当に古都音先輩、16歳かぁ?
次回更新は明日。




