第052話 「嗚咽と真実」
「そのことに対しては、俺は古都音さんに止めてくれって言われたからやった。ただそれだけだ」
アガミは、俺の言葉に臆さずそう答えた。護衛としてその発言はどうかとも思うが、気にしない方向で行こう。
彼は、なんというか、アマツとよく似ている人間だと思った。
自分というものを持っていそうで持っていない。
上手く偽装で来てるんだなと感心するが、それは結局不安定なものだ。
護衛が自分で責任を取れないでどうするんだろうなと。
「アマツは?」
「使命感を覚えたから。……絶対にゼクスを殺人犯にはしたくないなって」
ほら。……見てよこれ。
この2人、結局は「任務」か「使命」かしかない。
明確に違うのは、アガミがさらに受動的で代々課された「任務」に基づき古都音先輩の意思を実行していることと。
アマツは理由はどうあれ、自分でそう考えて動いているところだ。
「はー……。俺は2人を敵だとは認識したくない」
「……俺だって、ゼクスを救いたい」
アマツは俺から目をそらそうとしていない。
使命感というただ、自分が信じる何かを信じ続けているのだろう。
俺にはその目おを、拒絶することができなかった。
たとえ使命感だけで動いているぶっ飛んだ人間でも、それは彼が感じて彼が信じた選択だ。
でも、出来れば最後にして欲しいかな。
「アガミは?」
「古都音先輩がゼクスを気にかける限り……」
「そうじゃなく、君の意思は?」
「俺の意思は関係ないさ。古都音先輩が味方をするなら俺もそうする」
どうも、こういう状況ではアガミと話が通じないらしい。
彼の中に、自分がこうしたいというのはないんだろう。
古都音先輩が望むなら命だって捨てるんだろうな、と彼の姿を見る。
何か感情はないんだろうか、ただ「任務だから」なのか、それとも愛情や恋愛感情があってのことなんだろうか?
俺にはわからない。人の気持を察する能力が長けているわけではない。
おそらくこうだろうな、と考えているものは間違っている事が多々ある。
「まあ、良いや。……アガミ、アマツ。また宜しくな」
「こちらこそ」
そういってアマツは笑い、アガミは外で待っているみんなを呼びに行った。
「話は終わった?」
「ああ、迷惑をかけた」
それからは、退院可能になるまで穏やかな時間が夜まで続いた。
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「……目が覚めたか、進」
……ここは、どこだ?
目を開けると、そこには白い天井が広がっていて、
少し首を動かしたら、そこには遼の姿がある。
僕は……どうなったんだ?
最後の記憶が……分からない。
何をしていたんだろう、この……今日は何曜日だ?
「……この包帯は何? 僕は、大怪我をしたの?」
ベッドを起こしてもらって、僕は1人泣いていただろう遼を見つめた。
首を少々回すと、そこに眠っている颯の姿が見える。
……契もここにはいないし、どうもさっきから視界が狭い気がする。
「何も、覚えていないのか?」
遼のその声は、震えていた。僕は「遼が遼だってことは分かるよ、問題ない」と答えて、はてと首をひねる。
……遼との距離が、正確に判断できない。
頭に巻かれた包帯に気づいて、彼に状態を教えてもらう。
あの日、何があったのか。
遼は最初話をしたがらなかったけれど、僕が強い口調で命令したら口に出した。
どうも、僕は……。
僕は、ツグの報復を受けたらしい。
「5年の積もりに積もった恨みが、一気に胤龍を押し出したんだと思う」
「なに、それ。……劣等種に僕が完敗したってこと? 颯も体中包帯で一歩も動けないだろうし、……アレは?」
アレ、とは勿論。契のことだった。
確か合同の授業を受けて……。
ここで、僕は一つのことに気がついて遼に問いかける。
「……なんで、片目が見えないんだ?」
遼が堪えきれず、嗚咽を漏らした。
彼の涙は初めて見た気がする。今までさんざん周りの人を馬鹿にして、嘲って笑って。
そんな人が、僕の質問一つに涙を流している。
僕は不思議に思って、「どうしたんだよ」と。
でも、彼は答えようとしない。
「感覚がないんだよ、なんか。動かそうとしても、動かないっていうか」
「…………」
「目がつかれるんだ。……どうしたの、黙ってさ。泣いてさ。……あの時本当、何があったんだよ」
遼が、重い口を開く。
何度か発声しようとしているようにも見えたけれど、それを声に出すことができないみたいだ。
「……何だよ遼!」
「やめとけ……、進」
隣から声がして、僕は颯の方を向いた。
いつの間にか起きていたみたいで、僕を見つめている。
颯は両足を紐に括りつけられていた。
骨折なんだろうね、多分。
「颯は知ってるの? 何が起こったか」
「知ってるさ。……でも、俺は言いたくない」
「なんでだよ!」
「……言ったら、進が絶望するからだ」
僕はその言葉が理解できない。
契を手に入れて、蒼穹城という力を手に入れた。
なのに、なんでそもそも八龍ゼクスなんかに負けたんだ。
「負けたのは自分の問題だろ、ただ練習を怠っただけだ。……俺は、怠っていなくとも足元にも及ばないが」
「何が言いたいんだよ……」
「俺から真実を言おうか? 嘘じゃないからな?」
今日は流暢に話すな、と感想を抱きながら僕は頷く。
「蒼穹城進。お前は右目を失明した」
次回更新予定は今日。次回引き続き蒼穹城目線から始まります。




