第045話 「蒼穹城への実行」
「俺はお前達を、絶対に許さない」
八龍ゼクス=刀眞胤龍である。
その事実に、かつての親友である蒼穹城と、かつての兄である刀眞遼は冷水を浴びせられたように身震いした。
自分のやったことを自覚していないわけではない。
しかし、報復はないものだと思っていた。
まさか、5年かけて復讐に来るとは考えていなかったのだ。
「ツグ、待って」
ゼクスが1歩前に進めば、そこには小物臭のする蒼穹城が必死に彼に話しかけていた。
顔面蒼白で、ガタガタと震えている。
彼には、今のゼクスの力を理解できているからこそ、何をすることもできない。
「待とう、待って。確かに昔なら君を認めなかったけれど、今は違う。僕は君を認めているし、今なら仲間にしたいと思っているよ。もちろんそれは分かってくれるよね」
命乞いをするように必死な声。
しかしそれも、ゼクスは跳ね除ける。
復讐にとりつかれた男に、言葉は通じない。
「――神牙アマツは、そんなことなかったぞ」
「え?」
「アマツは、『当時』【顕現者】としての資格がなかった俺を、「ゴミ」とは称さなかった」
その声は怒りや憎しみを超えて、逆に淡々としているようにも感じられた。
だが、それが堪らなく恐ろしい。
異様な空間に誰かが気づき、蒼穹城たちと対峙しているゼクスに襲いかかった。
ほぼ真後ろ、1人くらい簡単に倒せると考えたのだろう。
しかし、ゼクスはそちらに顔も向けず無造作な動きで後ろへ裏拳を繰り出す。
彼の鍛えぬかれた筋肉が軋み、拳がさながら一つの弾丸となったように、襲撃者を迎撃した。
特に狙いはつけていないようにも見えたが、それは適確に胸へ突き刺さり男の動きを止めるのには十分なもの。
肋骨を打ち折るその威力は、只それだけで襲撃者の戦意を喪失させる。
「邪魔するな」
ゼクスの言葉は1回だけ。しかし、声色から効果は抜群であった。
男は恐らく骨が数本イカれたであろう胸を抑えて、一目散に逃げていく。
特に邪魔が入っていないかのように、目の前の「敵」を見つめていたゼクスは、アマツたちの前では決して見せない歪んだ笑顔を”彼ら”へ向ける。。
「さて、……いくぞ」
その言葉に、蒼穹城はやっと意識を取り戻す。
直ぐ様迎撃体勢に入り……目の前の男が、何も【顕現】していないことに気づいた。
それを嘲りたい。蒼穹城の本能が口に出かけるが、慢心をシャットダウンせねば瞬殺されるだろうことは理解できる。
何か相手が始めたら、自分の持つ小銃で攻撃しようと誓いつつ、体が思う様に動かないのが分かった。恐怖の感情が体中を襲い、膠着せざるを得なくなる。
相手は【顕現】ができないわけではないのだと。
「【4】:【re】:【assault】」
蒼穹城は、その詠唱の意味を理解できない。ただの単語群に聞こえた。
――がすぐに、それが【顕現】詠唱だと気付いた。
ゼクスの腕には【AVA】とはまた違った、ナックルダスターに近いものが握られている。
ずっと握り込んだままでいるため、きちんと見ることはできない。どちらかといえばただの短い筒にも見える。
けれど、蒼穹城の本能は警鐘をけたたましく鳴らしていた。
「精々足掻けよ。無抵抗だとつまらないからな」
その言葉に、全ての毛が逆立つのを自覚する。
次の瞬間。
蒼穹城の斜め前に居た善機寺颯が、上空へ殴り飛ばされた。
「え?」
突然起こった出来事に反応できず、マヌケな声を出した彼はスタジアムの天井に届かんばかりの善機寺と、先程まで善機寺が居た場所に立っている八龍ゼクスを唖然とした目で見つめた。
全く理解できないことが目の前で起きたのだ。
少なくとも1秒前まで、善機寺とゼクスは5メートル以上距離を開けて居たはず。
なのに、一瞬で場所が変わったように蒼穹城には見えたのだ。
しかしゼクスはそれだけで善機寺に対する攻撃をやめようとしなかった。
数歩かけ出して、片足で跳躍。
全く緊張感の欠片もない動作であるのに、その跳躍力は凄まじく……天井につきかけた善機寺に楽々と追いつくと、サッカーのボレーシュートの要領で蹴り飛ばす。
そこに【顕現】は一切関与していない。
関係していると言えば、【顕現者】特有の身体能力のみであり、鍛えぬかれたゼクスの体自身の力であった。
ズドン。と観客席の方で音がする。
蹴り飛ばされた善機寺が観客席の中に突っ込んだのだ。
ボレーシュートを食らった時点ですでに意識はなく……
すぐに駆けつけた教師達に善機寺は担がれ、フィールドから消える。
あとに残ったのは、ガタガタ震えている蒼穹城と……。
覚悟を決めたように、彼を見つめている刀眞遼。
「き、君たち!」
小物臭が加速をやめない蒼穹城進は、周りの残っている候補生たちに声をかけた。
なんと、自分の代わりに倒したら500万円を出すと宣言したのだ。
勿論、その「餌」に……。
ゼクスの強さを度外視して、彼ににじり寄る人は多い。
それらに対し、ゼクスの言葉は「邪魔するな」という静かなものだけ。
勿論制止など、金に対しては安いものだと考えたのだろう。
それぞれがたった一人に向かって、【顕現】を振るう。
とある者は、銃で彼を撃った。
とある者は、剣で襲いかかる。
しかしゼクスがその強靭な体で振るった純粋な「暴力」が、男たちの意識を根こそぎ奪う。
ただの蹂躙。挑発すらしていない彼に突撃した者、全てが彼の蹴りや殴りに粉砕して行く。
作業のようにぷちぷちと挑戦者を潰していく男の目は、どこか虚ろであった。
「邪魔しないでくれよ」
5分もすると、向かってくる人はいなくなっていた。
ゼクスはうつろな目を憤怒の目に変え、再び蒼穹城を見つめる。
次は、待たなかった。
善機寺を倒した時と同じ方法……瞬歩で彼に肉薄すると、ゼクスは左拳を彼へ突き出す。
筋肉が圧縮され、爆発的に開放されるのを気迫で感じ取りつつ蒼穹城は首ごと腰をひねる。
間一髪でそれを避け、次に繰り出される攻撃が本当に繰り出される前に後ろに下がろうとした。
しかし、それをゼクスは許さない。
制服の襟首を、振り終わった右手で掴むと、左手に握っていた【顕現】を発動。
柄のようなものから飛び出したのは、短いながらこの超近距離では充分すぎる刃だった。逆手に持ったナイフさながら、ゼクスはそれを構えつつ右手を使って蒼穹城を引き寄せる。
大技をぶっ放すときに調子に乗って銃を【顕現】していた蒼穹城は、とっさのことで防御できないことに気づく。
蒼穹城が気づいて、慌てて再び後退しようとした時。
彼は、目の前に迫るナイフの切っ先が、自分に向けられていることに気づいた。
出力が抑えられているとはいえ、それは「切れない」ナイフ。先端は一点に集中している。
ゼクスは切っ先を、何のためらいもなく蒼穹城の右目に突き刺した。
次回更新は明日です。




