第044話 「戦闘開始、及び復讐の開始」
目の前の男は、強い憎しみを持って立っていた。
4色の属性が煌めき、それが何を意味しているかは誰もが知っている。
何度も、何度も。「対象」に対して攻撃を繰り返す男を、
人々は「復襲者」と称し、恐れた。
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「はじめ!」
試合開始の合図を認識したと同時に、八龍ゼクスは神牙アマツからおもいっきり距離をとった。
姿勢を低くとり、一心不乱にアマツから離れる彼の姿は失笑を呼んだだろう。
何が怖くてそこまでするのか、誰も動かずゼクスの姿を目で追っていた生徒たちは、次の瞬間それを理解した。
金色に煌めく焔が一切の容赦なく周りに広がった。
焔は出力を抑えられており、あたっていたとしても火傷することはないだろう。
しかし、その焔には質量がある。
【顕現】が焔に自然現象の何倍もの質量を与え、周りを一掃してしまった。
彼等は、武器を構える暇もなく……いや、戦闘を始めようとする意志を見せる間もなく、顎先を質量ある炎に貫かれ、衝撃で戦おうとする意志そのものを奪われ、崩れ落ちる。
そこに、男女という区別は存在せず。
等しく意識を失った数十人が、ただ骸のように転がっているだけであった。
ぐるっと一回転して剣を振ったアマツは、一撃に対して質量そのものをぶつけられ一つに纏められた上で山を成していた、目の前の惨状に対して「ほう」と特に驚きもせず見つめている。
「この程度か。見当違いだぜ」
アマツは防御態勢をとって傷一つなく、また1歩も動いていない蜂統アガミを見やる。
見つめられたアガミは【顕現】した楯を一度霧散させ、余裕綽々の顔で「にやり」と笑った。
「さて、鈴音は……っと」
自分から遠ざかる2つの人影を視認して、アマツも笑う。
防御できないのなら、それが一番安全な方法だろうと。
「……さてさて。行きますか」
男達は進みだす。堂々と、かつ悠然に動き出したアマツを、アガミは援護するように付いて行った。
2人から少々遠い場所で、爆音と轟音が同時に聞こえる。
ついに始まったと、アマツは確信した。
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アマツとアガミの2人が移動を始めたころ、蒼穹城・刀眞・善機寺の3人も大技を繰り出していた。
3人を中心に、120度ずつ担当し。
それぞれ、
蒼穹城は荒れ狂う吹雪と氷の散弾を、
善機寺は乱れ咲く風の刃と竜巻を、
刀眞は幾重にも重なり放射状に広がった電撃の雨を、
射出し、周りにいた人を点でなく面で制圧しにかかる。
【八顕】の担当する属性それぞれを、出力の違反判定ギリギリの値でぶっ放す3人の中心に居るのは東雲契だ。
消費の激しい大技の消費に対し、彼女の顕現容量を「電池」扱いすることによってカバーする。
もともとは蒼穹城進が考案したものだ。東雲を「モノ」扱いする彼ならではの考えだろう。
しかしそれを「3人分」供給させるという案に、刀眞遼は目を剥いた。
『それは流石に』
殆どの人間を見下し、軽蔑する刀眞遼であっても最低限相手を「人間」と認識している。
しかし、目の前の男はそれすらない。
【顕装】でさえ、定期的なメンテナンスや管理が必要だ。
なのに、試用もなにもなく当初想定の3倍以上で彼女を使う。
しかし、東雲契を気遣った刀眞遼と善機寺颯に。
蒼穹城進という男は、真顔でこう返した。
『壊れたら、新しいのを探せばいいじゃん。それとも自分で全部背負って、ぶっ放したあとに倒れたり、神牙アマツみたいに暴走する?』
その言い放った蒼穹城進に、2人とも言い返すことができない。
刀眞遼が扱うにはその技は、消費量が多すぎて足りないのだ。
それこそ、1回使っただけで崩れ落ちるようなもの。それに対し、常人の数十倍の【顕現容量】を保有して、なおかつ回復能力も持ち合わせている彼女が肩代わりすることによりやっと実現できる。
勿論、彼は「なら俺はやらない」と言った。
しかし、蒼穹城進は自分の意見を通すため、「やらないとこれからは……わかっているよね?」と。
すでに諦めていた善機寺颯に肩を置かれ、刀眞遼は今回の事を納得させられたのだ。
「……消費量に、供給量が追いつかない」
刀眞遼は、自分の限界を感じて波動を中断させた。
雷属性の波動は一撃必殺かつ回避が困難な代わりに、消費量がほかよりも多い。
体中から汗が噴き出し、たった数十秒の出来事であっても手の震えが止まらない。
同時に、東雲契が糸を切られた人形のように崩れ落ちかける。
それを必死の思いで支え、刀眞遼は本気で叫びだしたかった。
2人とも、もうやめてくれと。
彼に温情は無いわけではない。
ただ、それを周りは許さなかった。刀眞家という環境は、身内以外を基本的に下と見ていたから。
小さい頃は、弟が心底邪魔だと思っていたのは事実。
自分たちは強者であり、下と同じ階層で話がしたくなかったからだ。
しかし、自分の好きな人くらいなら、弱くても自分がカバー出来ればいいと思っていた。
そう、攻撃のできない終夜と蜂統の代わりに拳を振るった、八龍ゼクスのように――。
しかし残念ながら、彼はゼクスの本性をわかっていなかった。
正体が、誰であるかも。
彼自身が正体を明かすまで、気づくことができなかったのだ。
「見つけた」
声がした。恨みが籠もり、恐ろしく低い声が、大技を終わらせた蒼穹城達の前からする。
刀眞遼は気を失った東雲契を駆けつけた教師に任せ、声の主と対峙した。
「善機寺。お前に恨みは無いから退け」
その言葉に、善機寺は動けない。
体が動かないのだ。前日の恐怖と、蒼穹城の前で退いた場合何が起こるか。
考えただけでも恐ろしい。
今すぐこの場から逃げ出したい感情と、逃げ出せば報復が来ることは確実で逃げ出させない気持ち、2つによって板挟みになり善機寺は完全に膠着してしまった。
「……八龍君、恨みってどういう意味かな?」
「覚えていないならそれでいい」
八龍ゼクスは、人を殺せそうな目で彼等を見つめていた。
周りの乱戦は未だ続いている。しかし、4人の空間のみが妙に静かだった。
「おかしいな。だって君は、僕を助けてくれただろう?」
「あれはそうしたら、油断してくれると思ったからさ」
僕、少なくとも君に何もしてないよと蒼穹城進は首を傾げた。
端から見ると、中性的で男にしては可愛らしいその動作もゼクスには悪魔の動作に見える。
ゼクスは首を振った。
覚えていないのなら、思いっきり叩きのめしてから教えればいいかと。
「僕は君が強いって知ってるよ。でも、そういうのは良くないと思う」
「はっ。……俺が最後に蒼穹城進から聞いた言葉は、『 失望したよ。刀眞 (とうま)の人だから優秀だと思ったのに、とんだゴミだったとはね』だけどな」
その言葉に――
――その言葉に、蒼穹城と刀眞は固まった。
両方共気づいたのだ。目の前の人が、一体誰なのか。
「そんな、いや、でも」
「俺は帰ってきたぞ」
ゼクスの心から、はっきりと黒い感情が湧きだした。
こぽこぽと魔女が料理する鍋に入った毒薬のように、空気中へ。
怨念が、周りに充満していく。
対峙しているうちに、ゼクスの周りを赤・青・白・黒の属性が発動していないにもかかわらず、視覚化され4重螺旋となって渦巻いた。
「一人欠けているのが気がかりだが、その代わりは善機寺で代用しよう」
心底恐ろしい声でそうつぶやき、ゼクスは構えをとった。
蒼穹城は「まって」と必死になり、刀眞は完全に硬直する。
善機寺はとばっちりを食らって、すでに半泣きだった。
「無能と呼ばれ、捨てられた俺は戻ってきたぞ。この力を持ってして」
ゼクスの怒りが、憎しみが。
強い言葉となって、口から漏れ出る。
「俺はお前達を、絶対に許さない」
後に八顕学園で【四煌の復襲者】と呼ばれるようになる男の復讐が、今始まろうとしていた。
次回更新は今日の夜辺り。18時までには更新したいですね。




