第004話 「出席しない理由」
「入学式には出るんですか?」
冷撫が、そんなことを聞いてくる。
俺は正直迷っていると伝えた。新入生代表の挨拶を聞きたくないし、入学式に行かなくても終了後に張り紙がなされ、クラスが発表される仕組みになっているのだ。
だから、そもそも向かう必要はない。
「あ、でも入学試験の結果発表はされるんですよね」
そう指摘したのは冷撫である。試験は筆記のみだったか、確か受けたような気がするが、あまり記憶には残っていない。
俺が首を傾げていると、はっとしたようにアマツが自分のポケットを探り始めた。
「あー……」
そして取り出したるは、1枚の紙。ポケットの中で乱暴に扱われていたのか、すでにぐちゃぐちゃになっており、それを戻すのに苦労している様子だ。
「ええと、俺。次席」
出席する理由ができてしまった、とアマツがいやぁな顔をする。
確か、入学試験トップ2人は賞与があるんだったか。
神牙家は研究者一家だ。【顕現】に属性があることを初めて提唱したのも神牙家だし、その他にも【顕現】について欠かせないことは沢山発見してきた。
そんな家に生まれたアマツだから、頭はいい。もともと彼は努力家であるし、根気強い。
「俺は行かなきゃいけないみたいだがー、2人はどうするよ」
「私はこういうとき、出ましょうと言うべきなのでしょうが」
そういって俺の方を伺う冷撫。真面目な性格がそれを許しがたいのだろうが、俺が行かないことは半分決定しているため、迷っているんだろう。
俺は彼女に、「気にしなくていいからいってこい」と話しかけようとする。
が、それよりも早く、口を動かしたのはアマツである。
「無理する必要はないんだし、この間に学園を回ってればいいだろうよ。予定では1時間だ」
両親が入学式を見に来ているというのなら別なんだがな。冷躯さんもカナンさんも、冷撫の両親も、アマツの両親も仕事だからな。
何したっていいとは言わないが、ある程度はこういうことをしても許されるだろう。
アマツが新入候補生の待機場所に走って戻っていくのを見ながら、俺達も移動を開始することにした。
「さて、何処行きますかね、冷撫さん?」
「こういうものを、在園生からいただきまして」
冷撫が得意げな顔をして、俺に見せたのはこの学園の園内図、らしい。
「同時にこういう物もいただきまして」
「入る気は?」
「ないです」
地図と一緒に、テニス部の勧誘ももらうのか。
俺は何ももらってないぞ、やっぱり顔がいい人って得をするのだろうか。
きちんと見れば、確かに男ウケしそうな顔はしているけれどもね。
なんていうか、ずっと彼女と一緒にいるからか、神経が麻痺してきたんじゃないかと考えてしまうことがよくある。
「適当に、どこか歩いてみるか」
俺の言葉に、冷撫は天真爛漫な笑顔を見せる。
その笑顔、正直やめていただきたい。酔いそうだ。
そして同時に、今頃になって彼女の顔が水準よりもかなり上であることに気づいてしまう。
まあ、だからといってもう5年、そばに居続けてくれた少女だ。今頃緊張したりはしない。
「えへへ。これって、どうも逢引みたいですね」
「合い挽き?」
「逢引」
難しい日本語を使うんじゃない。多分先程から俺と冷撫の間で齟齬が生じている気がする。
ひき肉みたい、って嫌だなと考えてしまった次第だ。
理解のできていないというか、勘違いしている俺に対して、冷撫は「デート、です」と頬を染める。
デート、ねえ。俺中学時代もずっとアマツと冷撫しか回りにいなかったし、そういう経験は一切ない。
「え、緊張してるの?」
「…………」
彼女の返答は沈黙。しかし、その沈黙はまあ、肯定と捉えてしまって問題無いだろう。
何処に緊張する要素があるのかわからないのだ、こちらとしては。
「だって、半年前までは毎日のように」
「あの時は、まだ中学生でしたから」
……そういうことなのか。
半年で色々変わりましたね、などという冷撫に対して、俺は自分が何か変わったか考えるはめになった。
「何処が変わった?」
「例えば、目つきが鋭くなり始めているところとか」
それは、反論できない。
さっきから、ずっと会いたくない人と遭わないかどうか周りをちょくちょく見回している。
警戒モードに入ってしまっているのかもしれない。
「それは、すまない」
「いいのです。私に対しては問題無いですが、他の人に同じ目線を向けてしまうと怖がられるので、やめたほうがいいかな、と」
自分に対してはいいのか。
……冷撫も、なんだかんだ普通じゃないな。
次回更新は昨日と一緒で9時