第373話 「狂笑」
「お久し振りですね、進様。随分と、変わってしまったようで」
その場に現れたのは、生前の東雲契――にとてもよく似た身体をした、生き物だった。しかし、明らかに人間とも、また【髭切鬼丸】のような【顕煌遺物】とも違う異質な顕現力を周囲にまき散らしたそれは、にっこりと笑っている。
そして、刀眞獅子王だ。
こちらもまた、【雷】の顕現力を迸らせていた。
指名手配犯の登場に、周りの大人が立ち向かおうとしているが、刀眞獅子王はにやけながら、静かに言葉を放つ。
「動くな。それとも、我らに勝てるとでも?」
――やってみないと、分からないだろ。
そんな無謀なことを口走る人はいない。
不自然に静かな状況の中、獅子王は【八顕】の次代候補達を舐めるような目つきで一人一人を確認してから、進に目を留めた。
「減らず口をたたくな、蒼穹城進。
――まったく、前のままの盲目でいていれば、もう少し幸せだったかもな」
「それはどうでしょうね。……こんな酷い状況になってまで、愚かしい行動を取ろうとは思わない」
右手に……。義手で【氷神切兼光】を持って、進はゆ獅子王たちに向き直った。
「――裏で取り引きしていたのは、やはり貴方でしたか」
「そういうことだ。【八顕】としてのネームバリューはなくなっても、刀眞に着いてきてくれる人は多い。さて……」
次に、獅子王が目を留めたのは遼。
「戻ってこい、遼。燐華は神牙家に戻ってしまったが、お前は戻らせん」
その言葉に、遼が身を固くする一方で。
思わぬ流れ弾を喰らったアマツが、目を見開く。
刀眞燐華――。
目の前の男、刀眞獅子王の妻であった女性が、神牙家の人……?
しかし、獅子王は手を振り、話を戻す。
「神牙の次代。その話はどうでもいいんだ。
遼、こちらに来ないのか」
「そのつもりは……ありません」
遼の返答に、契と獅子王が目を細めた。
「何故だ? こちらにいた方が、充分メリットはあると思われるが。
力が、必要だろ?」
「――それは」
「俺のお下がりの【雷霆斬】と、【ギリタストルドー】の刀眞遼……それで、何になる?」
言葉に、少年は。
【顕煌遺物】、【雷霆斬】の柄を強く握りしめながらも、言葉を発しなかった。
――本人が否定しようとも、俺は、胤の兄だから。
結局前回の、【Revenant】襲撃事件でも面と向かって言えなかった言葉を、もう一度心にしまい込んで、なんでも無いように装う。
「もう、刀眞の次代は存在しませんよ、お父様」
「……なに?」
「蒼穹城家との交渉の結果、水地の名前を頂きました。
僕の今の名前は、刀眞ではなく水地遼です」
――怒りか、それを越す憤怒か。
それとも更に強い感情か。
刀眞獅子王の身体から一筋の、銀色の雷が噴き出し、ロビーのすべてのガラスを割り尽くす。
「貴様も、結局は出来損ないの胤龍と同じ。と言うことか」
「【ギリタストルドー】の精神汚染なんて比ではないほど、もっと多くの汚染を受けている。やっと、気づけたんですよ」
突然、獅子王が笑い出した。
アマツ達はおろか、傍に居た大人達も、加えて隣にいたはずの契も、その笑い声に驚く。
「そうか。
なら……亜舞照、胤龍を呼んできて貰おうか。
そしてゲームをしよう」
「この場に及んで……」
獅子王は、まだ嗤ったままだ。
「参加しないというのなら、今から胤龍が到着するまで。
20秒ごとに、ここにいる人間を1人殺す」




