第037話 「月曜日朝、食堂へ」
「準備完了」
俺は必要最低限の準備だけをして、部屋を出る。
今日は月曜日……延期されていた新入生ガイダンスの日だ。
授業はすでに始まっているから、月曜日午前の授業は1回の見学がなくなるけれど、全ての授業を見学する必要はないからもんだいはないだろう。
今頃ここで悩むのなら、入学前に配られた資料で察しろということだろうな。
「…………」
俺は施錠された窓をしっかりと確認して、部屋から出る。
隣の部屋はアマツのものだ。確かアガミは2階下で亜舞照鳳鴻と隣同士。
多分、同じタイミングで入寮するからなんだろうなと予想できる。
俺とアマツもそうだった。
……昨日といえば、アガミに呼び出されて何事かと。
そうしたら2学期から始まる新しい制度の話をされたよ、基本6人と補欠? でチームを組んでどうこうするらしい。
正直今は考えていないと答えた。まだ何が起こるかわからないからね。
「どうぞー」
アマツの部屋をノックすると、奥からそんな声が聞こえてきた。
部屋の中に入る。なんだかんだ、アマツの部屋にはいるのは初めてか。
俺とそう変わらない。質素なベッドに簡素なキッチン。
大きく違うのは、その部屋にあるコンピュータくらいだろう。
「これも搬入してたのか」
「おうよ。全部解体して組み立てなおした。夜通しやってたんだぜ昨日」
妙に隣の部屋でごそごそ音が鳴っていると思ったら、それか。
アマツの部屋にあるのは巨大なパソコンである。
正しくはリクライニングチェアに上から支柱があって、モニターが4つ。
それだけでコックピットか何かを思わせる環境だ。
金持ちしかこれ手に入れられないよなーとか思いつつ、昔興奮した記憶を思い出す。
「正直、これいれたらベッドもいらん」
中毒なんだよなぁ、それ。
とは言え俺もリクライニングチェアはほしい。ここまではいらないけれど。
「なんでもう1個分のパーツが転がってんのかね」
「いる?」
いらないいらない。
この椅子、パソコン抜きで60万とかじゃなかったか。
アマツは何やってるか俺にはよくわからないが、親の手伝いもしているらしく難しいことをやってるんだなーという感覚しかない。
彼はこれも使命だ、なんて言っているけれど何言っているのやら俺にはわからん。
「このパーツは予備」
そうですか。
---
アマツと部屋を出て、冷撫が待っている学生寮の前に移動する。
学生寮は全部でいくつあるんだっけかな、5件あって俺たちと蒼穹城たちは寮が違うから授業以外で会うことが少ない。
これが結構よかった。学園側が意図的に操作しているんじゃないかと思われるほど、神牙派と蒼穹城派はまとめられている。
多分、意図的なんだろうな。
起こらないとは思うが寮で乱闘騒ぎが勃発するとか嫌だろう、普通に。
ちなみに、俺は神牙派って呼んでいるけれどこの一団のことを亜舞照派と呼ぶ人もいる。好みの問題では無いとは考えられるけれど。
「あ、二人共こちらです」
後ろから声。どうも通り過ぎたみたいで、慌てて戻る。
今日は窓が締め切られてて入れなかったです、なんて言っている冷撫の頭を軽く叩くと、アマツが怪訝な顔をしていた。
「よく侵入してくるんだよ」
「……鈴音」
咎めるような顔のアマツに、冷撫は素知らぬ顔だ。
さて、食堂に行きましょうかと彼女は話を逸らすように言うと、先に歩き始めた。
どうも、他の人たちも待っているらしい。
「……どうした? ゼクス」
「なんか、良いのかなって思っちゃってさ」
俺は自虐的に笑ってみせた。
ここまで幸せだったのは初めてだから、少し現実味が薄れているのが正直な感想。
5年前からはアマツと冷撫がいた。今はアガミたちが、俺とこうやって「刀眞の子」という状況を理解しながらも一緒にいてくれる。
最終的には、それを裏切るかもしれないというのに。
俺が神牙派の人間で居ることによって、彼等に与えるメリットはほぼなく。
寧ろ復讐するために彼等を利用している、と考えてしまうのだ。
「んだよ。蒼穹城側の人間たちが、力を失えば俺たちは充分にメリットなんだぜ」
目の前の少年は、次代の話をしているのだろう。
「俺達の世代が大人になった時、彼等の力が弱まっていれば未来も安泰だ」
【顕現者】が見つかってから50年間、「神の力」と称して親の研究を邪魔したのは刀眞家だからなと。
アマツはそう言って、大きなため息を付いた。
「八龍家は今のところ中立だから、自分がつきたい方に付けば良いのさ」
深く考えなくても良い、とアマツ。
その顔は、「面倒事はこちらで引き受ける」と言っているようにも思えた。
次回更新は明日。今日になるかもしれません。




