第368話 「精神介入」
「目を覚まされたのですね、ゼクス君」
ゼクスが目覚めたとき、空は既に明るくて。古都音の膝に頭があることに、彼は気づいた。
所謂膝枕という状況である。もちもちとした、ちょうどよい柔らかさに黒タイツのさらさらとした感触が心地よく、もう少しだけとまどろんでしまいそうになる。
しかし、そうは状況が許さないことに気づく。
あれから何時間経ったのだろう。
今の状況はどうなっているのだろう。
「何時間寝てた? 今はどうなってる?」
「たった2時間ほどですよ。亜舞照くんからの連絡はまだ来ていません」
本当にお疲れ様です、と。古都音はまだまだ心配そうな顔をしている。
自分のパートナーが、【顕現者】としては明らかに異質で、かつ顕現力もほぼ無尽蔵にある事は分かっていた。
それでも、心配な物は心配なのだ。
一方のゼクスは、ほんの数十分仮眠する筈だったのに、何故こんなにも寝てしまったのだろうと首を傾げている。
しかし、本人よりも――。腕に宿った相棒が、その返事をする。
「少しだけ寝るつもりだったんだが」
『目の前の少女が、どんな【顕現者】か分かっておるじゃろ』
そうだった、と古都音の方へ振り向く。彼女は、人を癒やすのに特化した【顕現者】である。
安眠に導いてくれたのはありがたいことだ。ゼクスは一旦彼女に感謝して、しかしその顔は少々苦々しい。
「オニマルも――、なんで起こしてくれなかった」
『無論、何か状況が動けば起こすつもりではあったぞ』
相棒から返ってきたことばも、同じような物であった。
しかし何も起こらなかった、というのが現状で。実際なにも連絡は来ていない。
会議に参加しているミオや鳳鴻に連絡を取ろうとも考えたが、こちらに連絡が来ない訳は無い。
本当にゼクスが必要なら、こうやって寝る時間も与えてくれないだろう。
「俺がここで焦っても、意味ないか」
「何処に向かわれるのです?」
古都音にシャワーを浴びに行くと伝え、立ちあがったゼクス。
そんな彼の姿を見て、古都音は我慢できなくなってしまったのかと危惧したが――そんなことはなく。
ゼクスは、真顔で答える。
「いつも通り。鍛錬」
――
所変わって、浮揚基地。
管轄は日本政府の筈のこの場所であるが、実質は内通者によって【Revenant】に乗っ取られている状態だ。
日本政府と【八顕】は全く別の機関である。【顕現】能力を持たない一般人をまとめ上げる政府と、【顕現者】を制御する【八顕】。
政府側が、ロスケイディア二皇国の最先端技術を借りてまで建造した浮揚基地を、乗っ取られていると連絡していなかったため、今の今まで自由にされていたのである。
基地の中。玉座の間。
善機寺颯はそこで、うずくまっている。
「マルクトの話は聞いてくれた?」
ぴょんぴょんと、彼の周りを回りながら話しかけるのは幹部、マルクトである。
あどけなさを残しながらも、人離れした美しい容姿をもつ少年は、何度も確認するように颯へ迫っていた。
「――ああ」
頭を抑えつつ、颯は顔を上げる。顔には汗が滲んでいた。
マルクトの話は、簡単に言えば「一緒にこの世界へ反旗を翻そう」という事であった。
国に所属する【顕現者】達の統治機関はあれど、それは結局政府の管理下である。
今の【顕現者】はセーブを余儀なくされている。
それが気に入らない。【顕現者】のほうが確実に「力」を持ち得ているというのに、一般人を優先する理由が何処にあるのか――。
同時に、今までの【顕現者】の基準についても新しく構築し直す。
「君に【八顕】の盾がなかったら? どうなっていたかな」
頭にガンガンと介入してくるマルクトの言葉に、颯は抵抗していた。
颯は自身の立場がどう変化してきたか、分かっている。しかし、それでも。
「それでも、俺は」
ゼクスと共に歩みたい。その一心が、精神への介入に唯一対抗できていた。
「強情だね」
マルクトは、それでも笑顔を絶やさない。溢れんばかりの笑顔だ。
彼の顕現特性は【精神介入】である。鳳鴻の【精神操作】ほどの強制力は少ないが、彼は【言葉】によって相手に訴えかけることが出来るのだ。
「僕はね、この世界に未来がみえないんだ」
だからこそ、何度でも「話」を聞かせる。
颯がこちらにつけば、かなりの戦力になる事は分かっている。
「そろそろご飯でも持ってこさせるよ、何が食べたいかな?」
新作です。第1章は毎日更新の予定です↓
「君ガ為ノ侵蝕者-世界の命運を引き換えに、己を犠牲にする少女のために-」
https://ncode.syosetu.com/n5406fo/
現地人系のダークファンタジーです。よろしく御願い致します。




