第364話 「白の玉座」
雨が降り始めた。肌に突き刺さるような、鋭い雨粒だ。
戦いには勝利したが、大切な物を失いつつある。
【Revenant】との、八顕学園の戦いを終えたゼクスは、こちらに駆け寄ってくる古都音を抱き留めながら空を見上げていた。
「雪璃……もうしわけない」
「大丈夫、きっと、生きてるって、信じてる」
すくなくとも【Revenant】はゼクス達を含めた、所謂『標的』を殺すつもりではなさそうということが幸いであった。
しかし、相手の意味が真意が分からない限り、油断は許されない状況だ。
善機寺颯は消えてしまった。攫われてしまった。
【八顕】が一角の次代最有力候補である。
しかも、この事件については多くのメディアが取り上げられており、颯が【穴】に吸い込まれる場所まで既に報道されていた。
『まだ、生きては居るだろう。しかし相手が何をするか分からない以上、絶対に安堵してはならない』
進の持つ鞘から、【氷神切兼光】の声がする。
彼らの傍らには数人の、恐らく隊の長であろう【Revenant】のメンバーが地面に転がっていた。
現在、ゼクス達は亜舞照鳳鴻が諸々の雑務をこなし終わるのを待っている。
この【Revenant】の尋問をはじめなければ――と、ゼクスは焦りつつもあった。
「ゼクス君、大丈夫? ごめんね、本当に、ごめん……」
斬灯がこちらにかけてきた。自身も狙われていた身、それも颯の入れ替わりに助かった身であった彼女は。
その目に涙をたくわえて、「私のせいだ」と自身を責めていた。
彼女の責任ではないが、颯は彼女を助けようとした。それが直接的な原因であることを、ゼクスは否定しない。
「謝ったって、仕方が無いんだ。今は――次の手を考えるしかない」
今の時間も無駄に過ごすつもりはない。ゼクスは【髭切鬼丸】を使って、少しずつ顕現力を探っている。
【顕現】に守られた、完全な密室でなければ数日の内に見つけられるだろう。
それでも――。ゼクスは焦っていた。
――
【穴】に投げ込まれた颯が次に見たものは、白い空間であった。
目の前には玉座があって、しかしそこには誰も鎮座していない。
ただ、その椅子から颯が立っている場所まで、黒く床の色が染まっていた。
「……どこだ、ここは」
「ようこそ」
前の方から声がする。目をこらせば、玉座の直ぐ傍に一人の男。
逆光でその姿ははっきりと視認することが出来ないが、その人影は、笑っているように颯にはみえた。
「ようこそ、【教会】へ」
「は?」
颯は、男の言っている意味が分からない。不気味な程に澄んだ声の男は、影から姿を現した。
その姿は、恐ろしい程に美しい少年だ。例えようがないほどに顔は整えられ――、それだけではなく、肢体も、纏うオーラも、全てが別格と評することが出来るほどである、と颯は感じた。
いや、感じざるを得なかった。
「君はもしかしたら、僕たちが君を誘拐した、と考えているのかも知れないけれど、それは違うんだよ」
「御託はいい」
「ううん、聞いて欲しいな。この僕、マルクトの話を、すこしくらいは聞いて欲しいんだ」
低い声で唸った颯をあやすように、少年は制する。
「僕たちは仲間が欲しいんだよね。この世界を変える、いや、一緒に変えてくれる【友】を、探してるんだ」
その言葉に、颯は納得しない。
「御託はいいと言ったはずだが。……そもそも、この手段を見ている限り、お前達は反社会勢力でしかない」
「連れてきたことは、多少強引だったと僕も思うけどね。……でも、君は僕たちの【友】になれる『充分すぎる』素質を持っていると思うんだよ」




