第361話 「違和感。祈り。」
最初に異変に気づいたのは、善機寺颯であった。
周りを見回してみると、【三貴神】は鳳鴻が精神操作し反逆した【Revenant】の構成員で一杯なはずなのだが、肝心の【三貴神】が揃っていないようにもみえる。
「――月姫詠は?」
目の前ではフレズが戦っている。今のところ、彼女一人に任せても問題なさそうだと判断し、颯は飛び上がった。高所から見下ろした方が一人一人を把握しやすい、そう思ったからだ。
しかし、そこに月姫詠斬灯の姿はなかった。少し遅れて鳳鴻が異常に気づき周りを見回すが、――やはり居ない。
「さっきまでそこにいたのに!」
鳳鴻が珍しく慌てている間に、颯は自身の周りに漂って言う顕現力から斬灯の在処を探し出す。
……上だ。
颯は上を見た。そこにいるのは、人を抱えた男の影。
「あら、バレちゃった」
上空に居た男はにやりと笑って、彼らを見下ろす。
見つかった事に慌てている様子はない。ただ、ゆっくりと上昇していく。
脇に抱えた人――月姫詠斬灯は動く気配すら見せない。
「このまま逃げるのは――出来なさそうだね」
男は嗤う。
地上に居る人々を。出来る事ならもっと、多くの人を攫っていきたかったが、一番良いのは非戦闘者を攫ってしまうことだと判断したからだ。
しかし、男は目の前にやってきた人間を認めて、目を細める。
「月姫詠を離して貰おうか」
「嫌だといったら?」
目の前に立っているのは、颯だ。
その目は殺意に満ちており、また、決意にも満ちている。
「無論、許すはずがないだろう」
八顕学園の上空で、颶風が吹き荒れる。
男は細めた目を庇いながら、辺り一帯が黄緑色に煌めくのを視た。
――
一方、【終夜グループ】の社内。
保護された古都音をはじめとする数人は、八顕学園の状況も分からずやきもきせざるを得なくなっている。
「ここからじゃあ戦況が全く分からないのも考え物だな」
アガミがうなり、数件の電話をかける。しかしどれもつながらないようだ。
数分後、諦めた様にソファに座った彼の顔には、明らかな焦りが浮かんでいた。
朗報も悲報もこちらに届いていない以上、保護を優先された彼らができることは少ない。
ただ、待つだけだ。
「君たちがここにいるのは、戦況を判断する為ではないからね。……君たちを保護するためだ」
終夜家当主のスメラギがきっぱりと言い放つ。
ここにいる人たちの歯がゆさは、彼も分かっているつもりだ。
終夜家はそもそもが戦闘に適した一族ではない。回復系の顕現を使いこなすという条件から考えれば、前線でも後衛だ。
さらに、守ってもらう必要すらある。
――それは、娘である古都音もよく分かっていた。
自分は祈ることしかできないのだ。恋人の無事と武運を。
「それでも、お兄が心配だし、颯さんも心配……」
雪璃が目に涙をためながら、つぶやく。自身も【ATraIoEs】では充分な鍛練を積んできたはずだ。
それでも、“彼ら”は自分を戦力として考えてはくれない。
多感な彼らを、スメラギはなんとか宥めたあと。
自分の娘を見つめる。
彼女が、自分から弱音を吐くことはないからだ。言いたいことを我慢してしまっているのかと、心配になることは多々ある。
「古都音は、心配していないのか?」
「ありません。ゼクス君が、帰ってこなかったことなんて一度もありませんでしたから」
その言葉には、確かな信用があった。スメラギは、自身が仲間を送り出した時はこんな気持ちではなかったと確信する。
少なくとも、今のアガミたちのように心配する人間だったからだ。
「ゼクス君が負けるはず、ありませんから」
「いや、他の人達とかだよ。……月姫詠さんとか、私は不安だけれど、な」
「……たしかに、そうですね」
ゼクスに対する絶対的信用・信頼も、他の人に向ければ話は別だ。
学園に集結しているだろう、【八顕】次代の面々を思って、不安が頭をよぎる。
「しかし、私達に出来る事は祈るだけです――」
自分が前線で回復を担いたいと言っても、ゼクスは絶対に承諾しないだろう。分かっている。
数年、彼と一緒にいて、自身との関係性が変わってきたことも分かっている。
今の自分は、御雷氷ゼクスという人物の弱点になり得るほど、親しくなってしまった。
最初からそのつもりではあったとしても、事実は事実だ。
故に、やはり祈ること以外はできない。
「――どうか、全員無事で居て」




