第358話 「【腐蝕】」
「遼――、なんでここに」
「なんでって」
土埃を巻き上げながら地面に着地した遼は、彼の登場などお構いなしに飛んできた鎖を絡め取りながらにやりと笑う。
「戻ってきたからだよ」
理由を全く言ってくれないことに進は首をかしげるが、そんなことをしている場合ではない。
素早く【氷神切兼光】を振って鎖を断ち切ると、しっかりした足取りで遼に近づいた。
「君とはたくさん、話をすることがある」
「話は後。先に対処しないとな」
いつの間にやら、数本の鎖を絡め取っていた遼は進の方を見やり、彼がうまくいなしたことを確認すると顕現を発動させた。
――途端。鎖は紫色に変色したかとおもうと、朽ちたように千切れ、地面に落ちて消失してしまう。
その様子を見ていた刺客の男は、特に驚いた様子もなく。
目の前に「餌」が飛び込んできたと言わんばかりに、口元をゆがませた。
「……刀眞遼か。標的が1人、自分から来てくれるとはありがたい。お前のその【汚染】、もらい受ける」
顕現式を唱える。短く唱えられたそれは、淡く緑色の光をともした一本の刀に成った。ほかの構成員たちもそれにならい、それぞれの得物を手にし、飛びかかってきた。
遼は軽く手を振ると、その手に顕現力を集中させた。特に構えは取っていないが、数方向から伸びてきた攻撃を体をひねって避けると、冷静に分析する。
相手に力はあるが、その手に技はない。ただ、八顕学園の生徒よりも数段階速いスピードで振っているだけだ。
連携すらしっかりしていない急造の部隊と「彼ら」判断した遼は、獰猛な笑みを浮かべながら手に込めた顕現力をさらに増大させた。
「何か情報が間違っているようだな」
とんっ、と。斬擊を避けるついでに構成員の1人の肩をたたく。
物理的な力はほとんどかけていない。
しかし、肩をたたかれた男は断末魔にも似た叫びを上げて崩れ落ちてしまう。見れば、肩から腕にかけて亀裂が入ったような光が漏れていた。
「俺の顕現特性は【汚染】じゃない、【腐蝕】だ」
自分の情報をさらけ出しても遼が平気なのは、それが「対処のしようがない」ものなのだろう。実際、その見本とされた男はジタバタと地面でもがき、顕現させた得物も消えている。
「――落ちろっ!」
構成員たちが、遼の言葉に耳を傾けたその瞬間を、進は見逃さなかった。
知覚された攻撃は避けられても、不意に飛んできた攻撃には対処が遅れる。
次こそ数人を【氷神切兼光】のひと薙ぎで沈め、彼は遼の隣に立つ。
「こんな日が来るなんてね。……いい意味で」
今までの数年間は、きっと「仲間」と呼べるようなものではなかったのだろう。
「まあ、人生何が起こるかわかんないからな」
遼の返答に、進は久しぶりに――。
本当に久しぶりに、心から笑った。
――
「着地する!」
颯の短い合図とともに、3人は八顕学園の中庭の一つに着地した。
素早くあたりを見回すと、目に飛び込んできたのはたくさんの【レヴェナント】構成員に囲まれている【三貴神】の面々である。
そういうことになっていることは予想していたが、ゼクスたちが予想外だったのは。
構成員の一部が、逆に【三貴神】を守るようにいることだ。
「予定通り颯とフレズは鳳鴻たちのところに。――俺は別の場所にいるよ」
瞬間的にリーダー格の男に対して【選別】を使用して目立たせ、2人に合図を送るゼクス。
開発以降はほとんど使わなかった【顕現属法】であったが、実戦で初めて役に立ったことに僅かな手応えを感じながら、彼も駆け出す。
向かうのは、巨大な顕現力の飛び交う戦場。
遼と進の方向だ。




