第353話「鳳鴻と斬灯」
「ふむふむ、分かった。再会を楽しみにしているよ」
ところ変わって日本、八顕学園。
【八顕】が一角、亜舞照鳳鴻は、そういって受話器を置いた。
ゼクス達が日本から【ATraIoEs】に向かって数ヶ月、やっと帰ってくるという。【八顕】の次代の二角も欠如していたこの数ヶ月間は、鳳鴻にとって十二分以上に気を張らなければならなかった。
しかし、それをゼクス達に悟られては既に当代となっている鳳鴻も当代の名が廃る――と考えて。当代たちと共にこの学園をはじめ、日本にやってくる【Revenant】の対処で専ら精神的に疲労していた。
「なんのお話?」
鳳鴻は、部屋の外から顔をのぞき込んでいる、改造制服の少女に気づき、苦笑いを浮かべる。斬灯だ。
半目でこちらを見つめている少女に、「遠慮せずに入っておいで」と手招きして、周りに誰も居ないことを確認する。
「ゼクス君達が帰ってくるってさ」
「ほんと?」
ぱぁっ、と表情を輝かせた少女に対して、鳳鴻の心中は複雑だ。
ゼクスに恋愛感情を抱き、断られ。颯に恋愛感情を抱き、最終的には断られた状況にあるはずなのに、なぜこんなにも、その「ゼクス」が帰ってくると言うことに喜んでいるのだろうか。
自分が同じ状況に置かれていたら、きっと気まずくて仕方が無いのだろうなと考えてしまう。
人を安易に貶すような言葉は使いたくない鳳鴻は、黙ることにした。
「また一緒に学園生活を送れるだけでも、私は充分だけど?」
「それでいいのなら、僕は何も言えないよ。僕は少し寝る」
ペンを放り出し、鳳鴻は傍にあったソファへと転がる。そこに亜舞照家当主の姿は何処にもない。あるのは年相応の顔だ。
「斬灯ちゃんはどうするの、これから」
「どうって」
「跡継ぎ」
特別措置を考えてまで、御雷氷家もしくは善機寺家に嫁ぐという計画も、結局頓挫してしまった。
鳳鴻は本気で斬灯の事を心配している。
しかし、彼女の顔は悲しげであった。
「あと数年あるから。ゆっくり探せる、かなぁ」
「あと数年しかないけどね。だってさ、この学園以外で同年代の人なんて探せないでしょう?」
「そうね――」
でも、それは今考えることじゃないから。
斬灯の表情が変わる。鳳鴻の方を大真面目な顔でみつめ、直ぐに顔を逸らす。
「休むなら今のうちに休むしかないでしょ。新年度になったらゼクス君たちが帰ってくるし、刀眞遼も自宅待機が開放される」
精神を【汚染】されていたとはいえ、数人の顕現者を殺害した男の謹慎処分にしては早すぎる復帰である。斬灯は訝しみながら、誰が彼を庇ったのだろうと眉を潜めていた。
刀眞家は既に【八顕】ではない。半ば無理矢理に、ゼクスが【神座】と刀眞家のつながりを断ち切ったからだ。
そんな状況の遼を庇おうと思えるのは蒼穹城家だけだろうが、それも今は難しいことだろう。
「確かにねー。……絶対、そのタイミングで【Revenant】も狙ってくるだろうし」
「何があの人達の目的か分からない以上、全員に気を配らないと」
ため息。斬灯は不安でいっぱいだ。目的も構成人数も、幹部も分からない謎の団体。
しかも彼らは、【ATraIoEs】という強固な学園のセキュリティを突破した。
更に言えば、【ATraIoEs】最強の3人のうちの1人だったということは、数年前から少しずつ入り込んでいた、ということになる。
この八顕学園にも、もしかしたら既に居るのかも知れない。
「目的については――いや、全ての目的が分かったわけじゃないけれど、目先の目的くらいなら分かるよ」
「なあに?」
「特異な顕現者の確保」
日本【八顕】側も、何もしていないわけではない。末端から取り入ろうということで、スパイは既に送り込んでいる。
しかし、彼らの目的である【特異な顕現者】について、簡単に差し出すわけにも行かないのが現状だ。
「【Revenant】って、街での誘拐とかはしないのね」
「学生に狙いをつけているらしいね。まあ、そういう条件なら、僕も標的の一例という訳なんだけど」
【精神操作】なんていう、悪の組織がすぐ食いつきそうな能力をこの男は持っているのだ。
しかし、鳳鴻は飄々としていた。
「特異な顕現者を欲しているなら、その人を手に入れるためには【それ相応の難易度がある】ってこと、分かっている筈なんだろうけどな」
この章は直ぐに終わります。
次のお話で終了。誤字報告機能を使って見たかったりする。




