第035話 「日曜日、神牙アマツ退院」
「ごめんなさい」
「いいっていいって。気にすんな。そうそう、もう退院していいってさ」
朝起きてアマツの部屋まで行くと、彼はそういって準備を進めていた。
巻き戻すのには限度があって、それも確実でないから不安ではあるが医師が判断したのなら病室に長居する理由もないだろう。
特に持ってきているものはない。あるといえば、父さんが持ってきたプリザーブドフラワーくらいか。
花粉アレルギーのアマツに対しての配慮だろう。
あと、【結晶】を破損させたのは「刀眞のせいにしておく」で収まった。
さすが刀眞・蒼穹城と
「アガミや古都音さんと会ってどうだった?」
「とりあえず、軽く俺の事情は話せたよ」
副産物として、刀眞遼はボコボコになってしまったけれど。
そう説明したら、アマツは腹を抱えて笑い始める。
「ジャブとしては充分すぎるだろうぜ、どうせ【AVA】で殴ったんだろうから言葉通りジャブだがな!」
「冗談を言えるようになったんだったらもう大丈夫だろうな」
「おうよ」
ともかく、アマツが元気になってよかった。
次は冷撫なんだよな。
「アガミも古都音さんも、基本的には良い人だから安心しろ。特に古都音さんは、絶対に力になってくれる」
「その確信はどこから来るんだ」
幼なじみの勘だよ、とアマツ。
そしてベッドから起き上がると、「行こう」と俺へ。
頷き、病室群を出かけて……。
『善機寺颯』と書かれた病室を見つめる。
ほう、ここだったのか。
「ん?」
アマツが付いてきていない俺に気づいて、怪訝な顔をする。
俺は声に出さず、病室を指差した。
中から話し声がするのだ。何か面白いことが……。
無いわ。善機寺颯は明日退院できるってだけだった。
「行くか?」
「いこう」
何だ面白くない。
「蒼穹城たちと戦う時、どうするつもりだ?」
「出来るだけ観客は多いほうが良いから、学園側の正式な決闘のほうが良いな」
【顕現者】は法律的に【顕現】を使用しての決闘が許可されているのに、一般人は決闘が禁止されているって凄い贔屓だなと思う。
まあ、出力を抑えればそれで人が死ぬことは少ないからね。
【顕現者】は丈夫なんだ、だからルールを決めて立会人が沢山居る状態でやれば問題はないのさ。
「基本的には試験のアレと変わらないんだよな」
「うん。だから簡単かなって思ってさ」
なにやってもいいっていうのは、本当に自由を保証されて気分がいいものだ。
でも、決闘にはそれなりの理由がいる。
そして、俺から仕掛けたらあまり意味が無い。
出来れば蒼穹城の方から決闘をふっかけて欲しいのだけれど、それは難しそうだな。
あいつは、俺を中立だと考えているようだ。
アマツと一緒にいるけれど、僕も助けてくれたと勘違いしている。
自分の立場を一旦確保するためだけだっていうのに、なぁ。
俺たちは寮に向かった。その途中で、アズサさんと出会う。
「アマツ、退院おめでとう」
「うす」
「ゼクス君、古都音から聞いたけれど、大丈夫?」
「え」
大丈夫? と聞かれるのは想定してなかったな。
みんな心配してくれてるのかね。
「何か有れば遠慮せず言うんだよ」
「は、はあ」
今のところ、出来れば邪魔はしないでいただきたいっていうのが一番かな。
好意や厚意はありがたいけれど、もう俺の感情は止まらない。
これが誰かを好きになる気持ちだったらよかったかもしれない。
けれど、今回は憎しみだ。
「アズサ」
「……わかったよ」
アマツが牽制するようにアズサさんに声をかけ、彼女はしょんぼりとさせる。
そしてじゃーねーと、手を振りながら寮の方へ走って行ってしまった。
アマツに内心感謝する。やっぱりわかってくれている。
「そうそう、昨日何を買ってくれたんだ?」
「とりあえず、1週間金がなくても食えるだろうレトルト食品を俺は3人分」
「冷撫は?」
「熱出した」
どうも、アマツは冷撫が居るなら俺が3人分を購入する必要が無いのではないかと考えたらしい。
しかし残念だ。冷撫はお熱を出して部屋に居る。
朝、アガミが見舞いに行ったのは知っているけれど。
「やっぱり、無理させちまったかな」
「……俺からはなんとも」
暴走して倒れたのはアマツで、それを助けて状態を「巻き戻し」たのは俺で、目覚めるまでずっとアマツのそばに居てやったのは冷撫だ。
それぞれ自己責任。
「ま、将来は俺がそうさせないようにすればいいだけか」
「そうだな」
わかっていないようで、アマツはわかっている。
正直、この7年間を誰よりも強く考えているだろう。
他の誰よりも、強く。
将来がほぼ決まってしまっているアマツは、一体どうするんだろう。
「当主にはなるけれど、俺は研究者になれないな」
「……そういうと思った」
次回更新予定は明日。




