第349話 「フレズの目覚め」
フレズ・エーテルの覚醒は、まるでそこを狙ったかのように、ゼクスだけが病室にいるときに行われた。
薄目で周りを確認する。【ATraIoEs】の病室で、隣にはベッドに突っ伏して寝ているらしいゼクス。
そんな彼が無性に愛おしくなってしまって。フレズは力の入らない右手をそっと動かす。
「ゼクス……?」
最初の反応は、ピクリとした痙攣。
彼女の手が、頭をゆっくりと擦ると、次は彼が覚醒する番だ。
「フレズ、起きたか」
「……うん、大丈夫」
倒れた直前の記憶がないことに気づくフレズに、ゼクスは柔らかな笑顔で「心配ない」と首を振った。
――が、彼女は納得しない。
自身が【龍化】した、いやしてしまったことに、彼はどう思っているのだろう。
精神空間で交わした言葉を、フレズはまだ、思い出せていない。
「正直、引いたでしょ?」
「ライガさんから話は聞いた。……引いていたならここにいないと思うが、どうかな?」
本当に喜ばしいことだ、とフレズは目を細める。【ATraIoEs】で初めてであった、嫌われたくない人にまだ嫌われていない。
一方、ゼクスはというと。
フレズが無事覚醒したという安堵は徐々に弱くなり、顔が真面目なものへと変わっていく。
「フレズ。……俺は約束を守りたいんだが、話を聞いてくれるか?」
「うん、大丈夫」
フレズは軽く起き上がって、自分に意外と力が残っていることに気づく。
顕現力は、それほど失われていないらしいが――いや。
誰かが回復させたのか、と理解する。
「古都音は、俺に妾を作ってもいいと言った」
「うん、私もそれで構わないのだけど」
エーテル家の次を継ぐのはフレズではなくセヴォルトだ。フレズは分かっている。
逆にゼクスは、今まで自身を異性として好いてくれた少女たちを思い返していた。
冷撫は自身の記憶を抹消されていて、これからはアマツと仲は良好になるだろう。
斬灯は……よくわからないが、周りは認めてくれないのである。
「俺は、フレズを受け入れる。ただし、フレズと『そういう』関係になるのは、【学園】を卒業してからにして頂きたい」
ゼクスの言葉に、フレズは2回頷いた。
「学業は全うしないとな。御雷氷家の次代の話は、その後だろうし」
「――うん」
感謝する。自身を受け入れてくれた男性に。
誓う。その選択を後悔させないと、強く。
「――ところで、【ATraIoEs】の最強三角が崩壊してしまったわけなんだが、どうするんだ?」
ゼクスの言葉に、フレズは首を傾げた。
「どうもしないんじゃない? まさか三角のうち、一人が反社会結社に所属していた構成員で、残り2人がそれぞれ別の棟に在籍していた兄妹でした、なんて――面白くもなんともない」
最強伝説は目の前の男が打倒してしまったようなものであるし、伝説は時と共に霧散していくだろう。
フレズはじっと、ゼクスの方を見つめている。
「ともかく、あなたは私を救ってくれた。エーテル家からはそれ相応のものがもらえるでしょう」
「ん。……そんなにほしいものなんてないけどな」
心の「ほしいものリスト」はほぼ空なゼクスは、「褒美」というものに対して欲が出なかった。
唯一、あり得た「フレズ」という最上級のものも。結局は褒美にするでもなく彼女自身が望んでしまった。
「無欲ね」
「今のところは、父さんくらい強くなれる場所があればいいけれど」
ゼクスのボヤキを、フレズは聞き逃さない。




