第341話 「向き合う覚悟」
試合会場内は大混乱だった。黒いローブをみに纏った、男か女かも分からない人影が無差別に放つ顕現力の光球に、【ATraIoEs】の訓練生はパニックに陥る。
そんな中、ネクサスおよび颯の一団は、比較的落ち着いていると言えよう。
「何というか、いつも通りというか。こう言った大きな反乱はかなり久しぶりな気もしますけれど」
飛んできた光球を、顕現力の盾で防ぎながら、古都音は全く動じていない。もっとも、彼女の心配していることはフィールド内に居るゼクスに対してが殆どである。
地上ではフレズ・エーテルの暴走が。
空中ではアガレア達の戦いが、それぞれ始まっている。
「――ゼクスなら、先に安全な場所へ避難しろと言うだろう」
今回の「敵」の目的はここに居る多くの有力者の子供達だ。その類いに颯たちも類すると考えられるが、まだ戦える人も居る。
「先に古都音さん達を安全な場所へ運びます」
颯は、古都音・雪璃・ネクサス達のあわせて6人を見回し、一度だけ戦闘フィールドを振り返る。
「……その後は?」
「その後は、ゼクスに加勢します」
自身の身の丈を知る颯に、迷いはない。
ゼクスの主目的が、あの少女の暴走を止める事であるならば、自身にも出来ることがあると感じただけだ。
「しかし。貴方も善機寺家の次代候補です」
「古都音さん。……あなたは戦えない」
アガミも、と颯は言い切る。
反論することが、古都音は出来ない。
古都音もアガミも、それぞれ回復と防御に特化した顕現特性を持つデメリットとして攻撃に転じることが出来ない。
それでも、ゼクスと違って【欠陥品】扱いされないのは、彼女達が「自身の思い通りに【顕現】できるから」である。
「俺は戦える」
「でもそれなら、僕たちだって」
「それも駄目だ」
颯は素早く辺りを見回しながら、黒いローブ姿の人々を観察する。
どれも、訓練棟のエース達が数人束になってやっと実力が拮抗しているといった状態だ。
教官こそ1対1で戦っているが、それも何処まで加減して良いのか、力を入れて良いのか判断しかねているという状態である。
「奴らの狙いは有力者の子息達だ。そこにネクサス達は無理だろう」
「でも」
「俺は大丈夫だ」
颯は、あくまでも爽やかに笑って、心配そうな顔をしている雪璃の手にそっと触れた。
「このときのために、俺は今も生きているんだから」
――――
「どうやったら暴走を止められる?」
ゼクスは【髭切鬼丸】に問いかける。
【顕現者】の暴走は、大抵数種類に分けられる。どれもが自身の限界を超えた顕現力を使ったり、また自身の本能に身を委ねてしまったりという、結果的に自我を失った状況で為されるのが基本だ。
たとえばゼクスの八顕学園入学当初に、神牙天が起こした軽度の暴走であれば、【巻戻】で元通りに出来たかも知れない。
しかし、目の前のそれを、彼はどうすることも出来なかった。
先程から、何度も【巻戻】は発現している。効かないと予想した相手に一切【拒絶】を使わないゼクスであるが、それでも何度も何度も、無駄に顕現力を使っている。
『無傷で、というのは無理じゃな。彼女の身か、ゼクスの身か――』
オニマルもまた、声が震えていた。氷の竜の咆哮は、ただそれだけで戦闘フィールドにヒビを入れ、側壁が崩れる。
それに加えて巨体の一撃は、それが頭であろうと腕であろうと一撃でその場所にいたものを叩き壊す。
しかも、現在は完全に【氷晶槍】と一体化してしまっている。
「顕現力って、自身の心で威力が増すよな?」
『何を今更。……まさか』
「せっかくフレズと向き合うって言う覚悟をしてきたばっかりなんだ」
ゼクスの目に、迷いはない。
すっと、古都音の顕現力を感じた。試合前にもらったバフ分のものではない。
この戦場から、離れつつある純粋な古都音の顕現力だ。
「俺の行動は、いつも古都音を悲しませるけど」
両拳を握り込む。4色の顕現力が煌めきを増す。
「俺の行動は、いつだって間違ってないって、古都音は言ってくれる」
3回の復讐も、それ以降の行動も。
だからこそ、今回も間違っていないと自信を持つことが出来る。
「だから、今回も間違ってないだろうよ」




