第339話 「暴走へのスタートライン」
パラパラと瓦礫が崩れた側壁から、ゼクスが崩れ落ちる。親との特訓以外で初めての経験に、彼は眼を白黒させ、同時に嬉しく思う。
「なんだこりゃ」
ゼクスは、基本的に自分へ向かってくる攻撃――その動きや顕現力自体を見てどう動くかを判断する。【拒絶】で防げないモノは、【拒絶】を発現しても顕現力の無駄であると分かっているのだ。
しかし、今回の攻撃がゼクスの眼に写ることはなかった。危険そうな【顕現】の攻撃だから、と【選別】も出来なかったのである。
「不可視、か。面白い」
そんな中、彼が推測したのは3つ。
一つは、顕現特性が働いており、何らかの効果でカモフラージュしているいること。
一つは、颯の【燿】や【瘴】のように、突然【顕現】が変異した亜種能力であること。
そして最後に、そもそも【顕現】能力ではないか――。
「楽しくなってきた」
先程、セイレムが自身に斧槍の先端を向けたことによって自身は吹き飛ばされた。
分析し、素早く立ちあがると一気に駆け出す。
「なら、捉えられなければ良いと言うことだ」
【強襲】、発動。ゼクスの速度が加速され、並の顕現者では全く捉えられないほどになった。
同時に、幾つもの【煌】による顕現力の球を発現。顕現された武器よりもコンパクトかつ、脊髄反射のように射出されたそれらは、その全てが屋根に打ち付ける雹のよう。
「――っ」
自身がありったけの顕現力によって防御されているとはいえ、セイレムの顕現は【煌】に至っていない。素の威力では負けていることを察しながら、彼女の取った行動は回避。
【煌】が1色であればまだ対抗しようとも思うが、ゼクスは先程から全く手を抜いていない。4色の【煌】は、単純に4乗の威力を持って襲いかかる。
「でも、どうしようも出来ないでしょ?」
どれだけ速く動いても、ゼクスの姿を彼女は捉えきっていた。
それどころか、偏差打ちをするように彼の1歩先を切っ先が捉え続ける。
「私に、触れられるとでも?」
眼前に迫ったセイレムに向かって、ゼクスが【髭切鬼丸】の方で拳を作る。拳に宿るのは、勿論4色の【煌】だ。
――しかし、彼の拳はセイレムの言ったとおり、彼女に届かない。
直前でゼクスは軽い浮遊感を覚えるが、先程の様に吹き飛ばされたりしなかった。
受け身を取るようにして地面に着地し、次の手を考える。
「――なるほど」
ゼクスは、段階を踏んで攻略を考えていた。
身体を襲った衝撃は今回の方が大きいが、そこまで吹っ飛ばない。
その違いは何か。
「大体わかった」
少年の言葉に、少女は訝しげな眼を向ける。
「何が?」
「その能力の正体――くっ」
不可視の弾丸の、追撃。ゼクスは呻き声を出すが、次は身体が動かない。
衝撃は変わらないが、彼はノックバックを克服したのである。
「なるほど――」
次は、セイレムがそう口に出す番であった。
「でも、何発も耐えられるかしら?」
――
「ゼクスも未熟だな」
冷躯は、来賓席から戦場を見下ろしてそう呟く。
彼の目には、限りなく【不可視】にした恐ろしい密度の顕現力が、ゼクスの身体に直撃するのを確実に捉えていた。
「――やはり、冷躯にはみえるのか」
「見える」
そもそも見方が違う。という冷躯の言葉に、ライガ・エーテルは頷いた。
「アレは顕現特性だな。珍しいが、唯一という訳じゃない」
「ほう?」
ライガは挑戦的な眼で冷躯を見るが、男は見返さなかった。
「タネがわかると?」
「ああ。ここで答え合わせ、したほうがいいか?」
「いや、いい」
ゼクスに足りない所を一つ見つけた、と冷躯は考えてしまう。
顕現特性の使用方法が少々無理矢理過ぎるのと、単調過ぎる。
しかし、息子の課題について考えを巡らせる前に――。
冷躯は、僅かな違和感を察知した。
「ライガ……、いつでも戦闘できるように準備した方が良いかもしれない」
「――分かっている」
観客でごった返している席に、紛れ込む違和感のある影。
冷躯はそれらを心の中でマークしながら、元凶を探し始めていた。
――
『抑えて!』
本能が、鎌首をもたげて理性を支配しつつある。
セイレムは焦っていた。今は自身が優勢だとしても、この――なんとも言い得ぬ本能が理性を完全に支配してしまったら、自分は暴走してしまうだろう。
焦るのは、クリュスタも同じ。自身の与えた力の片鱗で、パートナーが破滅の道を進もうとしている事を感じて、影響力を下げようとする。
しかし、既に止まらない。
「このままじゃ――」
出来るだけ威力を変えないようにしつつ、少女は顕現力を絞って対戦相手に攻撃を繰り返していた。再攻撃に10秒近くかかってしまう、この不可視の弾丸。
しかも、1度撃つ毎に、自身の精神が支配されて行く。
――絶対に、あの姿は思い人に見せたくない。
『これ以上弾丸を撃たないで! 本当にまずい!』
クリュスタの声が、焦りを隠さなくなってきた。
鎧を常時展開して居ることもあり、セイレムの顕現は既に限界すれすれである。
しかし、この鎧を展開し続けなければ、彼女の攻撃に威力はなくなるのだ。せっかく優位に立ったこの状況のまま、試合を終わらせたい。
幸い、相手はノックバックこそ受けなくなったものの、防御の方法を見つけられていない。
それでも、カウントダウンは始まっている。
彼女の暴走は、スタートラインにあるのだ。
『このままじゃ、暴走が――フレズ、君が【龍化】してしまう!』




