第338話 「理性の全力」
『まずい、まずい、まずい。……ちょっとギア上げようよ、フレズ』
「分かってる……!」
デタラメな数の【顕現】された武器が降り注ぎながら、ゼクスが【髭切鬼丸】を携えてこちらに一切容赦のない攻撃を加えてくる。その危険度に慌てて彼女に段階を上げることを進言したクリュスタに、セイレム――フレズ・エーテルは舞うように回避行動を続けながら答えた。
「【氷晶鎧】」
歌うように詠唱すると、彼女の周りに纏われていた攻守一体の嵐が姿を変え、氷の鎧へと変貌する。それは、フレズの姿でやっていた【氷鎧】よりも装飾が多いように感じられるが、ゼクスはその他にも、その防御力が格段に上がっていることに気づいた。
極彩色の【髭切鬼丸】を手に、悠然とした足取りで彼女に近づいていく。その間にも、1音「あ」や「い」と発音するだけで、十数の武器が【顕現】されては、雨のように降り注ぐ。
数は力、とでも言いたげなその戦闘スタイルに、先程までの肉弾戦は一体なんだったのかと疑問に感じるが、それどころではない。
ゼクスは肉弾戦をしないわけではないのだ。剣も出れば、拳も出る。足も出る。
しかもその全てが、【氷晶槍】や【氷晶鎧】の強化がなければ一撃で彼女を敗北に至らしめるのに充分であれば、なおさらだ。
「――でも、まだ全力じゃない」
「それはそっちもだろう」
――やっぱり相手は知ってるか、と。
両方同時に察したところで、刀と斧槍が顕現力の火花を散らす。
「【四煌の顕現者】を名乗りながら、やることが単調すぎる」
「これ、充分に凄いことなんだけどな」
顔色を変えずにそういったのはゼクス。【ATraIoEs】の訓練生では誰も出来ないだろう、この芸当を客観的に見つめても、「単調」というモノでは扱えない筈なのだ。
「もう、慣れた」
少女の言葉に、ゼクスは僅かに顔をしかめる。
慣れた?
「だから、単調」
次は、セイレムがゼクスに肉迫する番であった。武器の雨を掻い潜り、避けきれないモノは無理矢理【氷晶槍】で破壊しながら迫る。
近づいても、目の前の相手に直撃を喰らわせる事は無理。
そう考えた少女は、「周りを破壊する」事を第一に考え――。
ゼクスの目の前の地面に、「着弾」した。
――
「あっぶねぇ動き」
来賓席とは真逆に位置する特別観客席では、セイレムと同列と称されるゼヴァートとヴィレンが観戦していた。
今し方、「着弾」の被害が土埃の中から現れた所だ。
「……流石に、酷いですね」
ヴィレンは、やっと表情を動かす。その顔は怪訝なものだ。
今まで、【ATraIoEs】のどんな激しい戦いも受けきったフィールドの地面が、クレーターを形作っている。
「しかも、両方ともまだ本気を出していないと来ました」
「その顔はなんだ」
ゼヴァートは、ヴィレンの顔を見て訝しむように目を細くした。
「お前、何故笑っている?」
「僕は、ゼヴァート。あなたの事を友人だと思っていますよ。出来るだけ傷つけたくないモノです」
「何の話だ?」
ヴィレンは、笑っていた。ニヤニヤと。
意味深で気味の悪い表情をを浮かべながら、横の少年を見る。
「万が一、彼女が負けるような事があったら――何が起こるか、想像してくださいね」
――
『もう全開に出来ないかな!? このままじゃ避けるのに使う顕現力で限界を迎えそうだ!』
試合前の余裕は何処へやら、クリュスタが余裕の欠片もない声でそう叫ぶ。
セイレムは、その言葉を聞きながら、目の前に居るゼクスを見つめる。
「武器の【顕現】は、終わった?」
「まあな」
次の瞬間、ゼクスの拳はセイレムの脇腹に食い込んでいた。氷の鎧を食いちぎるように乱暴で、貫通力のあるその攻撃はセイレムを遙か数十メートルも吹き飛ばす。
セイレムは声を上げなかった。否、声が出せなかった。
彼女の現状の、反応速度を遙かに超えたその拳を振り切ったゼクスは、肩で息をしている。
「ギアを、上げる」
何回地面を転がったのか分からない。しかし、セイレムは立ちあがって鎧を修復すると、一度も離さなかった斧槍を見つめる。
目の前には、ゼクスが迫っている。
「貴方の全て、私に明け渡して」
「……やれやれ。……ゼクスの強化だけじゃなくて、君も強化が必要だね」
会場が爆発する。
白い閃光が、フィールド全てを包み込む。
ゼクスはとっさに回避行動を取りながらも、視覚ではなく顕現力という物質そのものを目で辿っていた。
――周りの漂っている顕現力。
――【氷晶槍】から溢れる顕現力。
――そして、彼女自身の顕現力。
それら全てが、彼女の鎧へと【顕現】されていくのを見て、ゼクスはこの闘いの中で初めて冷や汗をかいた。
現れたのは雷を纏った氷の鎧。その顕現力は、冷躯の【蒼雷】を思わせる。
ついに、本気になったのだ。目の前の少女が。
自分を、好いてくれる少女が。自身に認めてもらうために。
ゼクスは、その神々しい姿を、じっと見つめていた。
「これが、私の。理性を保ちつつ出来る全力です」
とんでもない量の顕現力が、吹き出していた。周りの観客の半分が、顕現力に意識を吹き飛ばされ、軽いパニックに陥る。
それは、こういったことに慣れっこであるはずの来賓客も同じ。
寧ろ、この会場どころか、【ATraIoEs】一帯を揺るがしかねない――そんな顕現力の放出。
「…………はぁ」
少女セイレムが、斧槍の切っ先をゼクスに向ける。
その瞬間。
ゼクスは顕現力そのものを捕らえる“眼”ですら捕らえきれない不可視の攻撃を食らって――。
「がッ――!」
数十メートル離れている、フィールドの側壁までノーバウンドで吹き飛ばされた。




