第336話 「シコウの顕現者」
「やっと――本気で戦える」
「ああ。……そうだな」
試合会場のテンションは既に天元を突破していた。【ATraIoEs】の公式試合で、日本から来た留学生と最強が一角が激突するというイベントに、訓練生も教官も関係なく歓声を上げている。
セイレムがフレズである事を知る人はここでもごく僅かで、実は一度既に戦っている事を知る人は同様に少ない。
しかし、【ATraIoEs】でフレズの本気を見るのは、ここしかないのだ。
「…………」
『どうしたの、そんなに熱烈な目でこっちを見て』
ゼクスの視線は【氷晶槍】に注がれている。
自身の人生を誘導した存在でもある、その人格態の正体が、この槍であったことにまだ驚いているという顔だ。
クリュスタは、そんな彼を心底面白そうに思う。
「この試合に勝ったら、その存在の正体も教えてもらおうか」
『何にも変わらない、ただの【顕煌遺物】だよ?』
ただ、君に縁があるだけだと、クリュスタは笑う。
『戦いを、楽しもうか』
『望むところじゃよ』
ゼクスは、目の前のフレズを視た。フレズとよく似ているような、しかし偽装された顕現力と、その手に持つ巨大な【氷晶槍】の顕現力。
そして、少し違和感を覚える、利き手とは逆につけられている、不穏なブレスレット。
目の前の人格態が気づかない事がおかしいほど、異質なオーラを纏っているブレスレットを視たゼクスは、思わず言葉が突いて出る。
「それ、なんだ?」
「……お守り」
審判の開始合図が聞こえ、ゼクスはそれ以上訊くことが出来ず戦いへと脳を切り替えた。
戦いが、始まる。
最初にゼクスを襲ったのは、冷気の強大な嵐であった。
次に鋭い突き。一刺しで自身をダウンまで追い込めるだろうその攻撃を右手――【髭切鬼丸】で弾き、ゼクスは後ろに1歩後ずさる。
相手は小手調べでやってきているらしい。すくなくとも、フレズ自身が形態変化の顕現特性を持っていた事を考えると、幾つか段階を隠していることだろう。
それに対して、ゼクスの考えた対抗策は。
一つずつ、【煌】の段階を上げていくことであった。
「オニマル、対応してくれよ」
『実際にテスト済みじゃ。問題ない』
まず発動するのは氷の【煌】。元々【髭切鬼丸】も氷属性であるならば、その親和性は非常に高い。
ゼクスは右手を中心に全身へ煌めきを纏うと、【髭切鬼丸】を薙ぎ、軽く嵐を吹き飛ばす。
そして1歩、次は大きく前に踏み出して素早く逆――左に振った。
顕現力を乗せた斬撃は、波となってセイレムへ襲いかかる。
対して彼女は1歩も、1つも動作を起こさず撥ね除ける。このくらいは想定内、という風に冷めた目でゼクスの方を見つめると、【氷晶槍】――斧槍を巧みに扱って彼の服を引っかける。
前につんのめるのを、体勢を崩すことによって回避した彼に与える次なる手は、強く握った拳による顔面パンチだ。
「……っ!」
【煌】には届きこそしない物の高純度で放たれた拳を視認して、ゼクスは右手に握っている刀を霧散させ、【氷晶槍】を掴み距離を空ける。
「【拒絶】は? 使わなくても良いの?」
「常時顕現力を消費するものでね」
無尽蔵に顕現力の蓄えがあり、かつ【髭切鬼丸】と終夜古都音の支援のあるゼクスにとって、その消費量は結局たかが知れている。
しかし、ゼクスは使わない。――いや、使えない。
目の前にある【氷晶槍】の刃に、自身の力は太刀打ち出来なさそうだと瞬間的に判断出来たのだ。
「それなら、【煌】で対抗してもそんなに変わらない」
次は、雷。2色目の【煌】に、セイレムは訝しむような目を向けながら軽く【氷晶槍】を振り回してみせる。
ゼクスは、フッと軽く鼻で笑う。目の前の少女へ、挑発を開始する。
「そちらこそ、他の属性は使わないのか?」
「必要ないの。この斧槍は、煌めく炎ですら凍らせる。目映い光すら、止められる」
一種類の【煌】に対抗することは、同類であれば簡単だ。
しかし、その煌めきが色を加えると、実際どうなるかは分からない。
セイレムは、自身が2色までであればこれで防ぐことは問題ない事を把握していた。
「クリュスタ、と言ったかな。お前のことは神か何かと思っていたけど」
『寧ろ神ってなんだい? 人格を持つ、人間よりも高位な存在の事だろう?』
金色の稲妻に対して再び雪嵐を展開しながら、クリュスタは応える。
同時に、セイレムも一足でゼクスの目の前まで肉迫し――。
しかし、それはゼクスの張った半透明の、赤黒い壁に阻まれた。
気を取り直して壁を強引に【氷晶槍】で叩き割り、セイレムは感心したように目を見開く。
ガラスのように割れたその壁は、確かに煌めいていた。
「これで3色。貴方のお父様と、並んだわね」
同時に、しかしこれならば対処は可能だとも感じてしまう。
属性を掛け合わせて扱わないのなら、個々へは自身の槍の方が効果的だ。
クリュスタも同じ考えのようで、槍の出力を高めながら話を続ける。
『神、という存在が実在するなら、そりゃ。僕だって神だし? 君のヒゲキリオニマルも神がやどっていると考えられる』
剣戟と剣戟の間に、何度も顕現力がぶつかり合う中。
セイレムは、目の前の男が、だんだんと口角をつり上げ始めた事に気づく。
ゼクスが、この戦いを楽しみ始めたのだと、確信する。
「俺が非公式でなんと呼ばれているか、知っているかい?」
透き通る蒼――氷の【煌】。
迸る金銀――雷の【煌】。
染めきる黒――闇の【煌】。
ゼクスは同時に、数十の刃を【顕現】しながら、笑っていた。
詠唱は必要ない。今までコンプレックスであった、詠唱途中での能力発動が、今はとてもありがたい。
形はどれでも良く。ただ、空を覆う程の【顕現】された武器の切っ先が、全てセイレムを向いていた。
最後の1色。燃えさかる真紅の炎を、全てに纏わせて。
「――俺は、四煌の顕現者なんだ」




