第332話 「告白」
おひさしぶりです。
「フレズとはずっと戦ってばっかりだったから、こうやってゆったり歩くのは初めてだな」
「そう――だね」
「ネクサスの誕生日を祝う場所を廻る」という名目で商業区へやってきたフレズとゼクスは、お互い微妙な距離感を計りかねながら歩いていた。
時折、専らフレズの方が――本気かわざとか、ゼクスに近づきすぎて指先と指先が触れてしまう。
そのたびに少年の方は特になんともないのだが、少女は心臓が跳ねてしまうのだ。
「結構変わったな、フレズも」
フレズは、ゼクスの言葉一つ一つに意識を集中させていた。と同時に、その言葉が自分に向けられていると認識してからは、ドキドキしっぱなしだ。
ゼクスはというと、いわゆるそういう意味深な態度は全くなく、ただ古都音は兎も角。
斬灯や妹の雪璃に対してのように――女性に対してある程度の親しみを込めて話しかけているだけなのだが。
「いや、オレは――私は。ええと……」
戸惑うフレズに、ゼクスはクスクスと笑うだけだ。
「だんだん女の子っぽくなってる」
「ゼクスはどっちの方が良い?」
「特に? 古都音はあんな感じだし」
ゼクスは、周りに居る女性の口調を思い浮かべる。
古都音は十二分に丁寧で、かつ慈しみと愛情を感じられるし、【髭切鬼丸】はついには自身の腕代わりにまでなってくれるほどだ。
もっとも、オニマル自身に恋愛感情は少なそうであるが。ゼクスは、彼女の事をただの人間と【顕煌遺物】の関係とは微塵にも思っていない。
「フレズって、俺の事どう思う?」
「好きよ」
何気なく聞いた言葉に対して、漏れ出すような本音をぶつけられゼクスは絶句してしまった。
ふたりの間が凍り付く。
「1人の男と認識して、好きよ」
フレズはゼクスが聞こえなかったのかと、もう一度はっきりと好意をぶつけた。
その言葉は、目の前の少年に心に決めた人が居ることをしっかりと意識しながらの、重い一言である。
――数秒後、少年は我に返った。
口から出たのは一言だけ。
「……ほう」
「何その反応。ちょっと傷つく」
「いや、氷って解けるんだなと思ってさ」
決して、フレズを嘲った訳ではない。少女を攻撃しようとその比喩を使ったわけではない。
――それでも、その言葉におつりが来るほど、初対面の印象というのは冷たい物であったのだ。
あのとき、ゼクスは絶対に、目の前の少女がここまで「解ける」とは思いもしなかっただろう。
「昔のことは言わないで」
「何ヶ月も経ってないよ」
少年は、自身に好意を向けてくれた少女に、どんな返事を返すか脳をフル回転させ始めていた。
――が、それをフレズは止める。
「待って。返事は、オ……私と本気で戦ってからにして欲しいんだ」
「本気?」
フレズの言葉に、ゼクスは首を傾げる。彼女との戦いは、この前決着が付いたはずなのだ。
それが分岐点となって、今フレズがこうやって自分に接してくれているのだと、少年は考えている。
「私は、この姿では本気を出せない」
「……ちょっと言っている意味が分からないかな」
「こっちが本当の姿ではあるんだけど、姿を偽ってるんだ」
ゼクスは再度首を傾げた。そのまま傾げた首が折れそうだ。
彼は、フレズが【ATraIoEs】最強が一角のセイレムであることをしらない。
「何故?」
「色々、あって」
「まあ良いけど」
ゼクスの脳のメモリは、未だにフレズへの返事で殆どを占められていた。
フレズが他人になりすましている事にまで、頭が向かないのである。
「三日後、その姿で挑戦状をたたき付ける」
「…………」
「多分、周りはざわつくと思う」
「じゃあ、一目で分かる?」
連日挑戦状が届く――最近はそうでもないが――ゼクスは、「直ぐに分かる」と聞いてほっと胸をなで下ろした。
間違った相手に返事をしたら、恥ずかしいことこの上ないから。
「でも、オレの本気と戦った後に――結果がどうであれ、返事が欲しい」
「戦いでしか、分からない表情もあるって?」
「ああ」
その言葉に、ゼクスは彼女が自分以上の戦士であると判断した。
「フレズ。……フレズの、戦う理由って?」
「オレがこの場に居ること。それだけ」
フレズの手が、やっとこさゼクスの手を握る。
ゼクスは少女の顔を見て、さてここからどうするべきか判断しかねていた。
その手を握り返してやるべきか、それとも手を振り払うべきか。
「……本当は、道案内なんて嘘だろ?」
「分かっちゃった? 最近、フレズの態度がおかしかったから」
「他の人とか思わないんだ」
ゼクスの応答は、まだ決まっていない。
「こっちに目線を向けるときだけ、氷が解けたから」
――
その日の夜、微妙な顔をして帰ってきたゼクスに、古都音はその異常をいち早く認めた。
「お散歩デート、行ってきたんですか?」
そういえば、朝から居なかったような気がする。最近は古都音も父に連れられての時間が多く、めったにこうやって話す時間も無い。
寂しくないかと問われれば、嘘になる。古都音は彼女自身として、目の前のゼクスという少年を心から愛しているのだ。
ただ――古都音は、ゼクスに対して100パーセント以上の信用をもっている。
「うん」
「どうでした?」
少女の問いに、ゼクスは何もかも包み隠さず答えた。
彼女が告白してきた事が、一番重要なこと。姿を偽るのが二番目だ。
ただ、あれからフレズと別れて、数時間経った後も――ゼクスの答えは出ていない。
「どうしよう?」
「私は、私1人で満足しちゃいけないと言わせて頂きますよ」
古都音の意識ははっきりしすぎていた。好きな人と1対1が理想的ではあるが、その理想が全てではない。
自身が添い遂げようとしている男性は、それが許されるような人間ではないのだ。
例え御雷氷冷躯が例外中の例外であろうとも、それはカナンという存在が居るからであって。
古都音は、自身がカナンの特別性の足下にも及ばないことを知っている。
「よく分からん。1人だと何故駄目なんだ?」
「優秀な遺伝子を残すためですよ、ゼクス君。大体の【八顕】当主達だって、妾を作るんですから」
「それなら、斬灯を振らなくて良かったような気もするよ」
「斬灯さんは駄目です」
少女は、苦笑しながら斬灯という選択肢を否定した。
「彼女も【八顕】の当主になる女性です」
「むむむ」
結局、颯だって斬灯ではなく雪璃を選んだのである。
つまりはそういうことなのだ。
「まだ時間はありますよ。ゼクス君、あと4年もあるのですから、ゆっくり」
「そうだな-」
ゼクスは風呂にも入らず、顕現力で適当に自身を清潔にすると、そのままベッドに潜り込んだ。
頭がパンクして発熱しはじめているのだ。今すぐにでも寝たい。
「俺は寝るけど、寝る?」
「では、ここで」
古都音はゼクスの腕の中へ潜り込む。
子供っぽいが、最近はこういう行為も躊躇しなくなってきたことに、少年は柔らかな笑みを見せて受け入れた。
「ああ――おやすみ」
猫のように眠り始めた古都音を見つめながら、ゼクスは――。
古都音と雪璃と、そして最近自分へ心を何故か開き始めた、ミオの事を思い浮かべた。
テストやらレポートやらでおくれてしまい申し訳ありませんでした。
無事全て完了したので、今週からまたいつも通り、「急ぎ足で不定期更新」に戻ります。




