第033話 「捨てられた男と、少女の悲痛」
遼が、ボロボロになって颯の病室までやってきた。
僕はちょうど、契と一緒に入ってきたところで、何か必要な武装が問題ないかカタログを持ってきたところだったんだけれど。
「遼、その傷どうしたの?」
「……転んで、階段を転げ落ちた」
その声は暗い。そしてなんだか怪しい。
なぜかって言われたら……うーんとね。
……顔しか見事に怪我をしていないから、かな。
「遼さん……?」
正直泣きはらしているし、紫色だし。
よくここまで普通に来れたね、って感心するほど顔が変形している。
契がティッシュを彼に渡し、医師を呼ぶために病室から出て行く。
僕は彼に席を譲って、その顔を覗き込んだ。
「誰にやられた? 今から報復しに行くからさ」
「いや、本当に階段を転げ落ちたんだよ……」
颯と遼は僕が「対等」に話のできる少ない人間だからね。
大切にしなきゃいけないんだ。
だから、誰かがやったっていうのなら僕が罰を加えないといけない。
けれど、遼は心底怯えたような顔で、ずっと自分が階段から転げ落ちたと主張していた。
「お医者さん連れて来ました」
契が連れてきた医師は、状況をすでに聞いたようで、テキパキと遼の手当をしていく。
僕はとりあえず、聞いてみた。
「彼は階段から転げ落ちたと言っているのですが、ありえるのでしょうか」
「……ないですね。【顕現】の傷もありますし、誰かに暴力を振るわれた、あるいは決闘をしたと考えるのが一番無理のない理由かと思います」
ほら、やっぱりね。やっぱり誰かが遼を殴ったんだ。
顔が明らかに変形するくらい。一体それができるひとは何人いるんだろう?
刀眞家の次代当主だよ? 立場的にも、実力的にも。
それに手を下せる人って、【八顕】か【三劔】の誰かしか考えられない。
僕達が遼に暴力を振るうなんてありえないから、あるとすれば【神牙派】の人たちだろう。
誰だ? 神牙アマツは入院しているから不可能だろうし、亜舞照たちはいちいちそんなことをしない。
あの人達はレベルが違うから、こっちと関わろうとしないんだ。
勿論、協会で意見が対立したら別だろうけれど、入学から3日しか経っていないこんな時期に仕掛けてくるのはありえない。
あるとしたら……。
「……蜂統さんがやったんですか?」
その言葉に、遼がピクリと関係した。
もしかして蜂統が犯人か、でもそれはありえないと思い直す。
「蜂統はありえないだろう。あいつは攻撃できない」
颯の言うとおり。
出来損ないの蜂統アガミには無理だね。武器らしい武器を【顕現】できても、彼が攻撃に移そうとすると【顕現】が拒絶反応を起こして霧散する。
それは【顕装】にも影響が及んで、だからこそ蜂統は無理。
そうしたら八龍君か、それともその他か……。
八龍君は僕のことを助けてくれたし、ありえないでしょうに。
……だったら誰なんだ?
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「ゼクスが、刀眞遼の弟……!?」
俺はアガミの言葉に頷く。彼等がどうするかは分からないが、彼等を判断するのに充分なチャンスだと思った。
古都音先輩も、口元を抑えたまま声を出せないようだった。
そりゃあそうだ、さっき次期当主にあんなことを言われた後だからな。
「……なんで、今はここにいるんだ?」
「捨てられたんだよ」
その言葉に、二人がもう一度絶句した。
アマツから何を聞いてきたのかわからないが、殆ど聞かされていないことに俺は愕然とする。
同時に、アマツは簡単に全てをペラペラと話しない人ということで安心もした。
「父さん……冷躯さんが俺を拾ってくれたんだ。5年前に」
「だから、八龍なのか」
「そうだよ。だから同時に、憎んでる」
誰を? 勿論、刀眞家の人間をだ。
蒼穹城とか東雲もそう変わらないけれど。
でも一番憎んでいるのは、やっぱり刀眞家だな。
俺は二人を見つめた。まずはアガミを。
彼はなんとも言えない顔で、俺を見つめている。
さっきの俺の行動を理解したような、理解が微妙に追いつかないような顔をしていた。
次に、古都音先輩を。
彼女は、それを最初から理解していたような顔をしている。
目は潤んでおり、すでに涙すら流している。
でも、俺はそれが誰に向かって居るのかわからない。同情してくれているのだろうか。
それなら、全く必要ないというのに。俺は。
俺は、そんなものを求めていないから。
「私は、……前のゼクス君がどうだったとか、関係ありません」
「ん?」
「今回、私の代わりに。攻撃のできないアガミ君のために戦ってくれました」
「それは違う」
違うんだ。そう考えてくれる古都音先輩の優しさはこころに染みるけれど、同時に心に強く突き刺さる。
俺は、そういうことをしたんじゃない。
「俺は、ただ先輩とアガミを利用しただけなんだ」
普通の人間だったら、知り合いがこうも言われているのを感じて許さないという気持ちはあったかもしれない。
でも、俺にはそれがない。ただただ、このチャンスが「使える」と考えて、喧嘩を刀眞遼にふっかけただけだ。
けっして、そんなことは無いはずなんだ。
「そんな善者じゃない……」
「お願いします。自分の感情を抑えようとしないで」
苦しいことが有れば、私が。アガミ君が、受け止めますから。
古都音先輩の声は、嗚咽に変わっていきつつあった。
でも、この感情は絶対に。
間違った人に向けてはいけないものなんだ。
――蒼穹城に見捨てられた。
――東雲に見捨てられた。
――刀眞家に捨てられた。
これらを関係ない人に巻き込ませると、本当に俺は人間ではなくなってしまう。
ただの狂人だ。人に似て、人ならざるものになる。
そうなったら俺はアマツにも、冷撫にも。
冷躯さん、カナンさんにも顔向けできなくなるから。
「優しい人ですね、古都音先輩は」
自分でも驚くほど朗らかな声が出て、同時に古都音先輩もこちらを呆然と見た。
俺は自分をごまかすように、顔をそむける。
「でもごめんなさい、どうも」
その言葉は、カナンさんと入学時にわかれた後、考えた言葉ほとんど変わらない。
どうも。
「復讐のために、俺は【顕現】を使ってしまいそうです」
というか、使っちゃったんだ。
……もう、後戻りは効かない。
次回更新予定は今日。金土日は1日2回が難しいかもしれませんが、頑張ります。
予約で更新した場合は活動報告で告知致します。
まあ、基本的に夜1回以上昼1回以上のペースを維持していきたいですね。




