第329話 「引き分け」
幾度となく、拳と拳をぶつけ合う凄まじい音がした。
ゼヴァートとゼクス。二人の男の殴打の衝撃が、顕現力の波となって周りに容赦なく押し付ける。
「……やるじゃないか。……先程までは全くやる気が無かったというのに、女の名前を聞いた瞬間から顕現力が爆発した」
ゼクスの闘争心に火をつけたのは、古都音がこちらに向かっているという情報であった。
その途端、彼からの顕現力は火山の如く噴出した。最も、流れた顕現力の属性は雷と氷であったが。
「お前の弱点、かつ切り札ってところか?」
上から押しつぶすように拳を振るったゼヴァート。
――に対して、ゼクスは【髭切鬼丸】で軽くいなしながら、余裕を持ち笑いすら見せた。
「残念ながら」
身体を回転させて勢いをつけ、顕現力を拳にまとう。
「――残念ながら、古都音は俺の弱点になりえないよ」
先程は破れていたはずの【拒絶】を、破れないことにゼヴァートは気づく。
目の前のゼクス・ミカオリという男はまた、戦闘能力を復活させてきている。
――少なくとも、目の前の【拒絶】が自身の炎よりも上を示していることが、その証拠だろうとゼヴァートは考えたが――。
彼はくくく、と笑い出した。
「そうだ……」
俺は、こういう戦いを求めていたのだ! と、ゼヴァートも心の炎を再燃させる。
より一層紅い炎が彼の拳のみならず、全身を包み込んだ。
「俺を満足させてくれる【顕現者】が、訓練生の中ではお前しかいないんだ――」
炎が再び、【拒絶】を超え始めた。
ゼクスは焦りを覚えず、昔。蒼穹城達に抱いていた復讐心の片鱗を噴出させながら、更に顕現力を強くしていく。
そもそも、こうやって――。
戦いを楽しめるのは、滅多にないことなのだから。
―――
「……この状況は、なんでしょう?」
古都音がグンディール棟に到着し、修練場に帰ってきた頃。
彼女が目にしたのは、地面に倒れ伏している2人の男と、戦々恐々と何もできずに居た多くの訓練生であった。
「ゼクス君? 先程、ネクサス君から貴方が危機的状況にあると連絡を受けて、飛んで帰ってきたのですが」
「ん? ……いや、楽しい殴り合いをしていただけだよ」
古都音の姿を確認するなり、跳ね上がるようにして立ったゼクスは、久しぶりに汗をかいていた。ゼヴァートも立ち上がり、目の前に現れた少女を見やる。
そして、目の前の「彼」が、急にやる気を出した理由を理解した。
「楽しい殴り合いって……。兎に角、怪我をした部分を見せてください」
「少なくとも、前みたいに苦しい戦いじゃなかったよ。……日本の時に居た、黒い感情はあまり出さなかった」
あまり、という言葉に古都音は引っかかったようで、回復を一旦中断しジトッとした目をゼクスに向ける。
「言い方が悪かった。……彼に対抗するために、ある程度あのときの記憶を呼び覚ます必要があったってだけだよ」
ゼクスの言葉に、ゼヴァートは納得する。相手の顕現力を拒絶するはずの能力が、いきなり鋭さを増したのはそういうからくりか、と。
目の前の男は、血のつながりのある家族との「縁」すらその能力で完全に断ち切っている。
彼が今、日本に存在する【顕煌遺物】の【神座】に選ばれているのはそういう理由なのだろう。
ゼヴァートはゼクスのことをよく知らない。
大抵の復讐者、もしくはそれを完遂した人といえば、もう少しこう――何かに取り憑かれたような雰囲気を醸し出すものだと思っていたのだが、目の前の男からそれは全く感じられなかったのである。
「とりあえず今回は、引き分け……か」
楽しかったと同時に、勝敗がつかなかったことを受けてゼヴァートは肩をすくめる。
彼の【拒絶】が強かったこともあるが、単純に自身の実力不足もあったことだろう。
「また来る」
修練場を焦がして申し訳なかった、と手を払い。
顕現による焦げ跡をすべて消し去って、ゼヴァートはグンディール棟から去ってゆく。
その表情は穏やかで、満足げであった。
男の姿を無言で見送ったゼクスは、その姿が見えなくなったころにはぁ、と息を吐き……。
焦げ跡以外にも色々と傷の残る修練場を見回して、さて共感にどうやって説明をしようと頭を悩ませた。
――が、すぐに考えるのをやめる。周りにいた訓練生たちが、心の奥底から安堵したような表情を見せたからだ。
想像以上に、戦いは激しかった。普段なら顕現は【拒絶】が打ち消すだろうし、それができなかったということは……。
「俺が思っているよりも、やっぱり【ATraIoEs】っていうのはレベルが高いらしい」
お久しぶりです。最近は更新できず申し訳ありませんでした。
落ち着いてきたので、そろそろ更新を再開しようと思います




