第327話 「一角の殴り込み」
「ゼクス・ミカオリはここに居るか?」
数日後、グンディール棟の修練所に1人の男がやってきた。真紅のジャケットを身に纏った、炎のように揺らめく、これまた真っ赤な髪の毛を垂らした男の名前は、ゼヴァートという。
粗暴、かつ乱暴、かつ脳筋、かつ熱血。しかし「無所属」を許可されている「最強」の一角。
その姿を認めた訓練生達は皆一様に戦慄し、お互い顔を見合わせるのみで話をしようとしない。
ゼヴァートはつまらなさそうに周りを見回すと、ただ怯えるだけの訓練生たちを睨めつけるようにして質問をした。
「居ないのか? それなら、寮まで突貫をしなければならないが」
「よ、呼んできます!」
ゼヴァートという男の表情が見る見うるちに機嫌の悪そうなものに変わっていくのを見て、訓練生の1人が我慢しきれず修練所から逃げた。
今日、ゼクス達はフレズ・エーテルの棟で合同訓練をしている。
しかし、最強の一角が来てしまったからには、こちらをなんとかしてもらわなければ、棟自体が破壊されてしまうような気がした。
少なくとも、ここにいるすべてが彼に立ち向かったところで。
彼は汗一つかかずに自分たちを押しつぶしてしまうだろう。
「……なら、俺はここで待たせてもらおうか」
女子訓練生が怖ず怖ずと差し出した椅子を断って、ゼヴァートは仁王立ちのまま待つことにする。立っているだけで、彼の周りには炎属性の顕現力が、可視化された上に二重らせんを作り上げていた。
――嗚呼、楽しみだ。
ゼヴァートはこれから起こるだろう戦いを想像して喉を鳴らす。
彼を取り巻く炎が、一段と強くなり――。
顕現力に敏感な数人が、耐えきれなくなって逃げ出した。
――――
「ゼヴァート? ……誰だそれ」
せっかく今からフレズと戦えると思ったのに、と。ゼクスは不機嫌であった。
隣でネクサスたちが顔を青を通り越して、紫気味になっていることには気づいていない。
ゼクスはゼヴァートという男を知らない。正直、「挑戦状を叩きつける」権利をもらったものの、ネクサスやヴァリエスから情報収集をしている途中の段階だ。
「……君は、とんでもない人に目をつけられたみたいだね。一気に有名になりすぎたから」
「どういうことか説明してくれないとわからないぞ、ネクサス」
ネクサスの声が震えていることにゼクスは気づいた。
振り向き、そこでやっと彼はネクサス、ミオ、ミュラクの顔色が非常に悪いことに気づく。
「相手は【無所属】って言って。……この教育機関で最強って呼ばれる3人の内の1人だよ」
「ほう」
ゼクスの目がギラギラと光りだす。
ほう、と呟いた彼にネクサスたちは危険な気配を察すると、「とりあえず戻ろうか」と提案した。
彼としては、挑戦状を叩きつける権利をもらっても、誰が強いのかわからない状況では相手から来てくれる方が嬉しいものだ。
自分を打ち負かしてくれる人、そんな人間を求めているが。
なかなか現れないのである。
ネクサスの情報によれば、パワーファイターということらしい。
ならば、熱い殴り合いができそうだ。
「というわけだが、フレズ・エーテル。申し訳ない」
「俺も観戦したい」
「どうぞ」
ゼクスが若干戦闘態勢に入りながら許可すると、フレズは目を細めて彼の隣へ移動する。
今日も古都音はいない。彼の戦いを見守り続けてきた少女は、今日も商談のため教育機関を離れている。
ゼクスはある意味では勝利の女神とも言える、古都音の不在に顔をしかめ。
今日はとりあえず、できるだけ戦わないようにしようと心の中で誓った。
――相手が強敵だというのなら、油断すれば負けがくるだろうから。




