第326話 「挑戦権」
「ここにいたか、ゼクス」
昼休憩が終わって午後の訓練が始まろうかという時、ライザ・グンディールがゼクスの元へやってきた。その顔は半分嬉しそうに、また半分微妙そうな顔だ。
どちらかと言えば、若干笑顔が引きつっているように彼は感じる。
ゼクスはライザに従い、修練所から出る。正直、その顔は一体何なのだろうと彼はライザをじっと観察しているが、結局なにも分からなかった。
「――これを、朗報と言って良いのか俺には正直理解しがたいが。きっとこの【ATraIoEs】で頂点を目指すのであれば、手っ取り早い方法ではあると思う」
「と、いうと?」
「挑戦権を授与する。これで今まで君がされたように、相手に挑戦状をたたき付けることが可能だ」
その代わり、挑戦しておいて負けた場合は、勿論とんでもなく評価が下がる。
ライザに確認されるまでもなく、ゼクスは理解していた。
思い事実として、頷く。この権利を、僅か数週間で勝ち取ったと言うことはそれだけ評価されているということだ。
そもそも、この【ATraIoEs】の頂点は何処にあるのだろう、という場所から疑問ではあるが。
それを出来るだけ早く探し出すことが必要だ。
「この権利は、たとえばグンディール教官のような訓練生以外にも適用されますか?」
「それはされないな。――勿論、【ATraIoEs】の1位に勝利すれば教官への挑戦権は与えられる」
その時は勝負しようか、とライザ・グンディールは不適な笑みを浮かべた。
表情を見、やはりこの人が【ATraIoEs】で最強であるのだろうとゼクスは悟る。
ならば、そこまで行くのがひとまずの目標だ。半年しか時間が無い。
「すぐに、そこへ行きます」
「うん。僕の口からは生徒1位の情報を与えられないけれど、ネクサスあたりなら情報を持っているだろう」
そういって、彼は中枢棟に用事があると去って行った。
直接教えてくれれば良いのに、とゼクスは首をひねりながら修練所に戻った。
――修練所で、ネクサス達に口をあんぐりと開けられたのは別の話だ。
――――
【ATraIoEs】には、「無所属」という分類が存在する。
ごくごく一部、それも指導が必要なく、かつ群れる必要の無い訓練生はそれを選択でき、たった定員3人という枠組みの中でどの施設も自由に使うことが出来る、という制度だ。
勿論、実質的にその3人が【ATraIoEs】の最強格と言ってしまっても良い。
そんな彼らが、今日はとある会議室に集まっていた。
「今日集まっていたのは他でもありません。日本からやってきました――、ゼクス・ミカオリに関することです」
最初に口を開いたのは、メガネをかけた男であった。非常に爽やかで丁寧な口調と同等に顔も身体も整っており、ホログラムで表示されたゼクスのデータをタッチペンでつつきながら他の2人に説明している。
男の名前はヴィレンという。
――彼は、説明の途中で全く興味なさそうに、机に両足を載せている男を睨みつけた。
「ゼヴァート。聞いているのでしょうか」
「聞いてねぇよ、さっさと要点だけ話せ」
ゼヴァート呼ばれた男は狼のような髪の毛をかき上げると、そのまま机の上に立ち上がる。
脳筋、とヴィレンが呟いたのは聞こえていなかったようだ。
「要点だけでいいのなら、これから彼をどうするつもりでしょう?」
「俺が動いても良いのか? 簡単に叩き潰せるぜ」
赤髪のゼヴァートが問うたのは、「自身が彼と戦って勝ちに行ってもいいか」という話である。彼に負けるつもりは毛頭ないが、その実負けると「無所属」全体に影響が発生する可能性があるのだ。
ヴィレンは赤髪の言葉に、一瞬だけ思考を詰まらせる。もう少し説明をするつもりだったのに、こう話を振ること自体が失敗だったのかも知れないと――。
ゼヴァートの隣に居た、少女に目を向けた。
「そんな目を向けられても困るわよ」
少女は、ヴィレンに視線を返した後にゼヴァートを見やる。
未だ、机の上に立ったままの彼を横目で見、少女――セイラムはため息をついた。
「そこの脳筋さんは一刻も早く戦いたいわけ?」
「当たり前だ。もう何年、戦ってないと思ってんだ?」
「はいはい」
――はぁぁ。
再び、ため息。
これだから戦闘狂は困るのだ。絶大な力をそこまで振りかざしたいのかと、セイラムはどうしても男の思考回路が理解できない。
「兎に角、ヴィレンがとりあえずは弱点を探ってくれるかしら?」
「はいはい、分かりましたよ」
予定よりもかなり早く事は進んでしまったが――。
【ATraIoEs】最強の3人が、確かな動きを見せたときであった。




