第324話 「よんたいいち」
次の日の朝、起き上がったゼクスは隣で寝ている古都音の方を見つめていた。すやすやと眠る少女の顔をじっと見つめながら、自分が幸せであるとどうしても考えてしまう。
しかし、自分の気持ちはよく分からないままだ。
少なくとも、愛情という物は確実に持っていることは確かであるが。
――やはり、性欲がない。
『もう、私じゃなきゃ甲斐性なしって言われちゃいますよ』
昨晩、古都音に言われた言葉を思い返す。彼女は相当我慢しているのだろうと考えた。元々、自分は彼女以外の人を好きになる予定などないからだ。
「解消とか、本当に必要なのかね?」
「必要ですよ、ゼクス君。――まさか、私1人で満足するだなんて言いませんよね?」
いつの間にか、古都音は起きていたようだ。身体を上げず、まっすぐにゼクスの方を見つめている。
「そういうつもりだったが?」
「駄目です。貴方はその遺伝子を、後の世代に残さなければなりませんから。私1人で満足してもらっては困ります」
古都音の言葉に、ゼクスは顔をしかめた。
そう言われても、そもそもないのだ。性欲が!
彼女の裸体を見ても、美しいとしか感じられなかった。その身体に手を付けようとは思えなかったのである。
「もしかして、自分は人殺しだから――とか思っちゃってます?」
「そんなことは」
古都音にそう問われ、ゼクスはというと――。言葉に詰まってしまった。
自分の手が汚れているだなんて思ったことはない。それ故、自分が何か古都音に触れる権利がないとは考えた事は、ない。
しかし、ゼクスはただ、目の前の少女を性の対象として見ることが出来ないんだ家なのである。同時に、他の女を娶る気にもならないのだ。
「まだまだ時間はありますけど、そんなに多いかと言われれば違いますよ」
「そのくらいは分かっているけど。それでも、なんだかんだ頭が纏まらないって言うか」
「はい。存じておりますよ」
だからこそ、私が居るのですから。とあくまでも古都音は真面目な顔をしていたが、笑顔を湛えていた。
将来の夫であるゼクスを支えるのは、自分の役目である。
古都音は自分の立場をよく分かっていた。親が【終夜グループ】を【御雷氷財団】として改革しようとしていることの意味も、よく分かっている。
全ては目の前にいる、困惑しきっている男の為である、と。
「そんなに気負わなくても良いのです。ゼクス君」
少女は女神のような慈悲の表情を浮かべながら、着崩れたパジャマを直す。
そして立ち上がり、軽く伸びをする。
「そろそろ、ご飯の時間にしなければなりませんね」
「……頼む」
ゼクスは、料理が出来ない。
――――
「うーむ、めんどくせ」
灰髪の少年、ゼクスはイライラしていた。原因はこのもどかしさだ。
昨日はフレズと一緒に戦って少しは手応えのある訓練が出来たが、今日はまたいつも通りである。自分の強さを早く証明したくてたまらないのであるが、その実力を証明する手立てがないのだ。
「こうやって毎回毎回、挑戦状を待つだけの日々なんてうんざりだ」
「――また始まったよ」
ゼクスの言葉に、ネクサスと颯はお互い顔を見合わせる。
昨日はフレズ・エーテルがなんとかしてくれたものの、彼に実力の届かない2人は方法を考えても無駄である。無理なのだ、彼を満足させるには。
「うーむ。ならば、一対多で訓練するか? フレズ・エーテルが昨日やっていたように」
「ああ、それは良いかもな」
訓練は怠っているわけではないのであるが、最近の訓練に飽き飽きしていたゼクスはすぐに承諾した。刺激が欲しかっただけなのかも知れないが。
颯とネクサス、ミオとミュラクがそれぞれゼクスを取り囲む。
ゼクスはリラックスした形で構えるが、颯たちは本気である。【拒絶】を使わないというハンデをもらったのだ、負けるわけにはいかない。
四対一で負けるのは、流石にマズい。




