第321話 「殴り込み」
ゼクスら一行が【ATraIoEs】に渡ってから、2ヶ月が経過した。
未だに、ゼクスは一敗もしていない。今まで以上に【顕現】の訓練を重ねた結果、彼に勝利する見込みのある訓練生がいなくなってしまったのである。
――高みを目指す。
明確な目標を掲げてきたはずであるゼクスは、マンネリ化しかけている現在の状況に不安を持って過ごしていた。【ATraIoEs】の面々は明らかに自分を警戒している。
正直、復讐に心を狂わせていた頃の方が幾分か充実しているようにも感じられた。
颯達も順調に実力をくみ上げていっているが、ゼクスに届くかと言えば届かないのである。
「退屈だ」
ゼクスは訓練を一旦切り上げ、短く呟いた。その言葉に颯たちはびくりと身体を震わせ、どうした物かと彼を見やる。
今日は彼をイライラを最も癒やせるであろう古都音がいない。【ATraIoEs】の外へ、商談の為に父のスメラギ氏といってしまった。
よって、ゼクスの苛立ちを止める事は誰にも出来ないのである。
闘争に寄る鎮圧も、失敗したわけで。
「ネクサス、なんとかしてくれ」
ゼクスに気づかれないように、颯は素早くネクサスへ無茶ぶりをした。
ネクサスは最近、非常に不調な状態である。ゼクスの周りも次々と戦いに身を投じていく中、彼はというと連敗に連敗を重ねていた。
「無茶ぶりはやめようね、颯」
ネクサスはガシガシと頭を掻きむしりながら、さてどうしたものかと頭を悩ませる。最近でゼクスを本気にさせた人間など殆どいない。それは分かっているのだが、強いて言うならば、一人だけ居る。
「それなら、フレズと訓練をしてこれば良いんじゃないかな」
現状、【ATraIoEs】で唯一ゼクスを本気にさせた女性、フレズ・エーテル。彼女の居る棟まで向かうことが、ネクサスにとっては既に憂鬱な事である。
ゼクスの練習相手にこそなれど、彼自身は本気の状態でないフレズにすら敗北する。絶不調の今、頼みに言った結果――ボコボコにされることは間違いない。
「最近はエーテルも目立たなくなってしまったな」
ヴァリエスは、自身の身体に流れる顕現力の調整装置を点検しながら軽口を叩く。実際、ゼクスが【氷像】のフレズに勝利してからと言うものの、彼女の活動は消極的だ。数十と積み上げた連勝記録が途絶えて落ち込んでいるのか、という予想が一般的であるが。
「暇だな」
ゼクスだって、フレズが気にならないわけではない。立ち上がって一度のびをすると、ネクサスと颯はお互いに顔を見合わせた。
次は、どんな無茶ぶりが自分たちへ降りかかってくるのだろうかと戦慄しながら。
「ちょっと、フレズの所に殴り込みをかけてこよう」
そう言うが速いか、予備動作なしでゼクスは走り出した。
顕現力の煌めきが目隠しのように修練所を包み、その眩しさに誰もが目を瞑ってしまう。
「あっ」
煌めきが収まったとき、そこにゼクスの姿は勿論――ない。
古都音にゼクスのお守りを頼まれていたネクサスと颯。それとヴァリエスは顔を真っ青にした。
「これは、まずい。非常に、まずい」
「そのくらい、俺にも理解できる」
――ゼクスが何か問題を起こせば、幻滅されるのは間違いなく自分たちである。
――
ネクサス達が慌ててゼクスを追ったころ、ゼクスはというと既にフレズの所属する棟に到着していた。
元々、ゼクスの所属する棟とフレズの所属する棟はそんなに離れていない。走れば数分で着く距離である。
――が、ゼクスの走る速度はその数分の1で到着を完了する。
「たのもー」
低い声で、ゼクスは白に塗られた建物の中へ侵入する。
何処の党も、基本的に中身の構造は似ている。ゼクスは誰も居ない廊下を、足音を忍ばせることなく歩くと、修練所のドアを開いた。
「誰か、俺と戦ってくれませんかね」
突然入ってきた乱入者に、中にいた人々は凍り付く。【氷像】のフレズ・エーテルも、同様に凍り付いていた。
ただ、少々彼女の様子が違うことは、表情があったこと。
ゼクスが初対面で感じた無機質さは全くない。
「ミカオリ。残念ながら、今は訓練中だ」
「1対20してるんだから俺も混ぜてくれない?」
「……物足りないと思うけど」
固まってしまっている教官は、ゼクスの強引な申し入れに頷くほかない。
それも、「教官でもいいですよ、相手」と言われれば首を振るほかないのである。
「ミカオリと共闘か、なんだか不思議な気分だ」
「俺もだよ、フレズ・エーテル。だって1ヶ月前はああやって熱く戦ったのに」
「……馬鹿野郎」
恥ずかしいことを言うな、とフレズの肌に赤みがかかる。
――ゼクスは気づいていないようだ。




