第032話 「大義を得た拳」
……嫌な予感がする。
俺、蜂統アガミはなんというかこう、胸に来るものを感じていた。
刀眞遼にクソほど文句を言われてた時も感じなかった、嫌な予感がする。
目の前に居るのは八龍ゼクスで、その目は金色。鋭くギラついており、何をしでかすか分からなさそうな表情をしていた。
「古都音先輩を守れ、アガミ」
「お、おう?」
その顔は見えないが、声は有無を言わせない。
俺は【顕現】の準備に入る。といっても【顕装】にスイッチを入れるだけだけれど。
これは【終夜グループ】から支給された楯だ。発動すれば360度周りを覆ってくれる。
【顕現】すれば鉄壁を誇る俺の楯が現れるだろう、でもそれは1方向にしか効かない。
ゼクスが何をやるかわからない。だから、後ろからも上からもくるかもしれないし。
「颯はやっても、俺はどうかな?」
「本気なんて出すわけ無いだろ」
まさかの舐めプ宣言である。
何だコイツ。え、そんなに強いの?
俺、鳳鴻の話しか聞いてなかったからよく知らないけれど。なんか強いことは聞いた。
アマツの暴走を食い止めたんだってさ、俺あの時何してたっけ……トイレ行ってた。
そうだよ、トイレ行ってたんだ。
だから何があったかなんて知らない!
勿論、刀眞の奴は「後悔するぞ!」なんて言っている。
基本的に学園の外で【顕現】を使うのはどうだろう、禁止はされていないけれど推奨しないって言われていたな。
なのに、こんな町中でやるのか。俺は屈辱に耐える気だったんだが、ゼクスは我慢ならないらしい。
……いや、アマツの言っていた「過去」に刀眞が関わってるんだろうな。
普通ではありえないだろうけれど、ゼクスの周りに黒いオーラが集まっている気がする。
強い人は周りに漂う顕現力を視覚化させるって聞いたことがある。
これがそれなのか?
「来いよ」
こちらからは、ゼクスの表情を見ることができなかった。
でも、その声は先程まで話していた時よりも低く、深淵を覗いているような、そんなものを感じたんだ。
「元素の属せし物、名乗るしは【氷】。顕現せし様のそれは【長剣】。今ここに現われよ、顕現者の証が一つ、【氷雅】」
「属性【氷】・顕現体【角手】・個体名【AVA】」
詠唱が始まるのはほぼ一緒だったのに。
ゼクスは、刀眞の【顕現】が終わる前にはそれを終わらせている。
速過ぎる。正直、今まで見てきた中で一番速い【顕現】だ。
詠唱が終わることには完成しているようにも見えた。普通は、詠唱が終わってから【顕現】が発動するっていうのに。
「むっ!? ……それは、颯を打ち倒したものだなぁ!?」
「これで十分だよ」
酷く落ち着いているように感じた。
同時に、彼の心のなかで何かが渦巻いているようにも感じた。
俺の後ろで、古都音さんが震えている。
何か怖かった? ……何なんだ、一体。
「……アマツ君の言うとおりでした」
「アマツ?」
アマツは、ゼクスに対してなんて話をしていたっけ?
……忘れた。今度ちゃんと聞いてみよう。
この眼の前の強者について。
「無理をしないで、ゼクス君」
勝負までの時が一瞬だったなら、二人の決着も一瞬だった。
ゼクスは本当に、相手へ何もさせない。
リーチが圧倒的に短いナックルダスターでタコ殴りにしているのは、本当にヤバイ。
何がすげえって、マシンガンみたいに叩きこんでるんだよ、適確に。
その攻撃の波動が後ろに飛んできて、俺の楯で弾かれる。
多分生身で受けてたらそのまま、後ろに吹っ飛ぶ自信があるほどその波動すら強力だった。
数分としないうちに、何もできなかった刀眞が顔面を紫に腫らして「降参!」「降参だぶへっ」「やめて!」「やめてくべっ!」なんて必死に叫んでいる。
なのに、やめようとしない。声を1回も発さず、ただただ打ち込んでいく。
このままだったら死ぬんじゃないか? いくら【顕現者】の体、頑丈にできているとはいえ正直酷い。
「……アガミと古都音先輩に謝れよ」
おい、条件を言いながら殴るな。
一撃の音が酷いんだって本当に、鈍い音がしてるしてる。
「わかりましたぶっ!? 分かりましたから!」
これは鬼畜だ……。
ゼクスは、土下座して俺たちに必死に謝っている刀眞に対して「お前は階段でころんだ、いいな?」なんて声をかけている。
こりゃ、刀眞家と八龍家は対立しますね……。
もう対立しているのかもしれないな。刀眞家って自分よりも下をトコトン見下すタイプの人間ばっかりだけれど、八龍家は逆に一緒に高みへ連れて行く感じの人だから。
「あの、もう……無理はしないでください」
古都音さんは、ゼクスにそういったようで。
その言葉を聞いた彼は渋々といった感じで刀眞を開放する。
開放された刀眞は捨て台詞を吐いて、恐ろしい速度で逃げていった。
その速度を使ってゼクスと戦えばもしかしたら、もしかしたかもしれないのに。
その後姿に「ざまあ無いな」と言葉をかけられればよかったんだが、その状態を通り越して惨めだった。
「無理はしないでください」
「……大丈夫です」
「大丈夫ってお前……泣いてるぞ」
俺は確かに見たのだ、ゼクスの頬に何かがこぼれ落ちるのを。
それが目から伝わっていることも、分かる。
ゼクスはそれを、拭おうともしない。
ただただ、悲しそうに、【顕現】が霧散した両手を見つめている。
「元とはいえ、兄をぶん殴るって悲しいことなんだな」
その言葉に、俺と古都音さんが絶句したのは言うまでもない。
次回更新予定は明日です。予定が早くなるかもしれません。
 




