第315話 「氷像のフレズ」
「4連勝、ねえ」
グンディール棟から、南へ300メートルほど進んだ【タロン棟】にて。
2人の人物が、ゼクスの資料を調べていた。
「フレズ。君ももしかして、挑戦するつもりなの?」
「あいつは言ったんだろ、本気にしてくれる奴がいいって」
ニヤニヤ、と笑うのはフレズ。その顔は氷のように無機質で美しく、しかしその口調は荒々しい。
資料の載ったタブレット端末をポイッとベッドの方に投げ出し、フレズは自信有りげに
空を見上げた。
「俺がその一人だ。まず間違いなく」
――
次の日。いつも通り、【顕現】の訓練をネクサスとしていたゼクスは、見慣れない生徒が自分たちを見つめていることに気づき、訓練を中断した。
「誰だ?」
眼の前にいるのは美しい少女である。氷を繊細に掘った彫像のような無機物感を醸し出す、そんな少女だ。
しかし、その目は燃えていた。自分と同じ、「強い人と戦いたい」という気概に溢れていると、ゼクスは判断出来たのである。
「なるほど、近くで見ると中々」
「…………」
その言葉の意味がわからず、ゼクスは首を傾げた。どこかミオが最近こちらに向ける視線とも似ている、静かで熱烈的なものである。
――が少し違うような気もした。
「はじめまして。俺はフレズ、フレズ・エーテル」
「……ふむ、よろしく」
俺っ娘か。
ゼクスは、急に飛び出した予想打にしない一人称に目を細めながら、彼女をじっと見つめた。
何が目的なのだろう? と。
最も、ここまで来るには視察か友好的な関係を結びに来たか――。
それとも、引き抜きかくらいしかない。
「早速だけど、挑戦状を叩きつけに来た」
「直接?」
「直接」
もう一度、予想外。
挑戦状は結局、【ATraIoEs】の突発的な行事に属するため教官の許可を取るのが普通である。
「教官を挟むなんてまどろっこしいこと、俺はしない」
「ほう」
「というわけで勝負だ。そちらの能力は知っているが、俺の情報はファルクシオンたちが持っているだろう」
それは、俺に許可を取ってこいということだろうか?
ゼクスは面倒が嫌いである。挑戦される方だというのに、何故自分から許可を取りに行かなければならないのだろう――と、怪訝な顔をせざるをえない。
「断る」
「……んぁ。えーと。手続きは勿論俺が取るから!」
ありありと「めんどくさいオーラ」がゼクスから発散されているのに気づいたのか、フレズは少々たじろぎながら、伺うように上目遣いで彼を見つめる。
――が、ゼクスにはそれも効かず、ぶっきらぼうに手を振るだけであった。
「ちぇ、なんだよ、あの態度」
「んー、最近はゼクスの実力に合わない相手ばかりだから、苛立ってるんだよ」
「ファルクシオン。……君が相手になってやれるだろ」
フレズの的確な指摘に、ネクサスは肩を竦めた。
「だから訓練はやってるけど。俺も足りないからねー。もっと強い人が必要だし、俺を倒せる君ならあるいは」
「元からそのつもりだ」
好戦的な彼女の返事。それにネクサスは目を細めて、ゼクスに自分の戦いを魅せるためにも一回ここで戦わないか? と提案する。
それにフレズが乗らないわけがなかった。
「俺とネクサスの演習で気に入らなければ、受けなくていいから!」
自信満々な態度に、ゼクスは静かに頷いた。
素早く2人は対峙し、ミオの合図とともに激突する。
そこでゼクスが見たものは、氷属性によって顕現した氷を嵐のように渦巻かせながら、ネクサスに突進するフレズの姿であった。
颯のように、【竜巻】を1つの【顕現属法】として扱っているわけではなく。
その氷一つ一つが、しっかりと【顕現】された彼女の武器であることに気づく。
「……うげ」
いつの間にかゼクスの隣に来ていた颯が、こりゃまずいと顔に恐怖を浮かべる。
どうも、自身では勝てそうにないと判断したらしい。
狂喜乱舞している氷の塊が、半【顕煌遺物】であるネクサスの【Vy-Dialg】を
弾き飛ばし、
巻き込み、
彼の方へその威力のまま返す姿を見上げながら。
ゼクスの顔は、期待に満ちたものへと変わっていた。
「もういいよ」
ネクサスが氷の渦に飲み込まれ、ボコボコにされて地面に落下したことを見て、ゼクスは声をかける。
ああ、俺もこういう感じで格下相手に見せつけるようにやっていたな、と自覚した上で。
「戦おうか」
――と、未だ宙に浮かぶ少女を見上げた。




