第314話 「存在意義」
その日の夜。いつも通り古都音と一緒にご飯を食べ、個別に風呂に入ったゼクスは古都音と話をしていた。
話はこの数日の決闘だ。果たし状、からの決闘。
「これで3連勝ですか……。しかも毎回満員ですし、どんどん価値が上がっていきますね、ゼクス君」
ゼクスは実際、強い。しかし、最近は【拒絶】も使っていない。八顕学園にいた頃であれば、【拒絶】を乱用した無理矢理な戦い方をしていたというのに。
古都音の前で、彼はふぅと息をついた。上半身裸の状態であるが、訓練で受けた傷跡が痛ましい。
「でも、今日のは強かった。……名前は覚えてないけど」
「強いといっても。ゼクスくんは全力ではないのですよ」
今日も、結局は【拒絶】を使うことはなかった。
古都音はゼクスがここ、【ATraIoEs】に来て満足できていないのではないか、と早くも考え始めていた。
自分と同じくらい、もしくは自分以上の敵と戦うことによって成長するのが目的であるはずなのに。
最近のゼクスは、自分の能力を寧ろ縛って戦うばかりである。
「戯れでなく、決定打として【拘束】を使わせたのであれば充分だと思うけどね。【顕現】の詠唱が思ったよりも早かった。……でも、【顕現属法】は使わなかった」
ゼクスは納得がいっていないようであった。
颯のように、【顕現属法】を多用したほうが絶対に強い。軽視されているとは言え、【ATraIoEs】であれば関係なく使われていると考えていたのだが、そうでもないらしい。
「【ATraIoEs】でも、【顕現属法】の位置は低いのですね」
「詠唱して、武器を顕現し、それで攻撃するのが美徳と考えている人間の多さ、よ」
もっとも、今回の敵は少々違ったが。
ゼクスは昼間の戦いを振り返る。【桜霞】を使わせたし、中々だったと考えているのだ。
「弓矢が誘導するなんてねー。なかなかだったよ」
「妙に上から目線ですこと」
「実力は俺のほうが上だったし。あの人達だって、評判を下げる訳にはいかないから本気で来てたでしょう?」
相手は負けると評判が下がるため、負けられない戦いではあるだろう。自分から挑戦状や果たし状を叩きつけておいて、無様に負ける訳にはいかない。
しかし、ゼクスは「自分よりも強い人」を求めているため、負けても一向にかまわないのである。
やっぱりネクサスたちが果たし状を突きつけてくれないかな、とそんなことを彼が考えていると。
――古都音が、妙に真面目な顔で口をはさむ。
「あの」
「ん?」
「……【ATraIoEs】に来てから、抱いてもらっていません」
その目は少々潤んでおり、恥ずかしいことを言っていることは充分に自覚しているようではある。
少女の姿に目を思わず細めたゼクスは、自分の胸に彼女を引き込む。
「……そんな暇なかったからなー」
「あの」
「はい」
言い訳じみた言葉をこぼすと、もう一度呼ばれた。
ゼクスは細めた目を一層細くして、少女を見つめる。
「いいよ」
古都音が彼のほうに顔を向けた。
向かい合うと、ゼクスはこれまでに何度も感じてきた、彼女の美しさにまた息を呑む。
「……飽きないね、古都音は」
――
次の日の朝。ゼクスは半分寝ているような顔でネクサスと合流した。
「疲れた」
「まだ朝の訓練始まってないよ、ゼクス」
ネクサスとヴァリエスもちょうど今ついたと言わんばかりであるが、奥の方ですでにミオと古都音、アガミの訓練は始まっている。
飲み込みが早すぎる、というのがゼクスの見た感じであった。
そんなゼクスの違いを見てか、ヴァリエスが全てを悟ったような声を上げる。
「ははーん」
「その話はするなよ。古都音なんか、いつもと違ったから」
「ガザルの件で色々不安だったんでしょ。ゼクスも殺気を隠してたし」
それは確かに。ゼクスは頷く。
自身は寧ろ古都音に心配を掛けたくなかったのだが、いつも通りに殺意を隠していたのが彼女を心配させてしまったらしい。
なんとも皮肉な話である。
「でも、信じてくれているだけいい彼女じゃない」
「それは本気で思う」
古都音の方を見ながら、ゼクスはもう一度頷いた。
「古都音が強くなったら、俺は必要なくなるんだろうか」
「それを心配するのは君ではなく、アガミ君のほうだよ。君は彼女を守るために存在しているわけじゃない」
アガミは確かに大変そうだな、とゼクス。
ただでさえ、ゼクスの登場で仕事が減っている状態である。
そんな中、古都音がこれ異常強くなるとお役御免に――はならないだろうが。
――なら、俺は何のために?
ゼクスは、自身の存在意義について悩まざるを得なくなった。




