第308話 「刀対盾」
「今日のゼクス君、何か怖くないです?」
観客席の最前で、古都音はそう呟いた。
いつもと明らかに違う笑み。態度。
全力、と言っている割にはどこか気の抜けているような気もする、そんな不思議な感覚に言葉をどう言い表せばいいのかわからず、戸惑う。
『はじめ!』
違和感の原因を探し出そうとして首をかしげている間に、試合は始まった。
アレスはゼクスのほうが相性がいいと判断したのだろう、そちらに走り寄ろうとするが、恐ろしい勢いで白い刀を振られ、思わず目を瞬かせる。
「ゼクスの方には行かせぬ」
「ああ……。そういうことか」
眼の前にいる実体化された【顕煌遺物】の一言で、彼女が何をしたいのか考えを読むことが出来たアレスは守りの態勢に入りつつ、カウンターを狙っていく作戦に移行する。
【顕煌遺物】の所有顕現力の量がどれだけかはわからないが、骨が折れそうではあった。
「一年くらい前に――そんな形相で俺から古都音を奪おうとした【顕現者】がいたな」
一方、ゼクスの方はというと完全に悟りきっていた。
集中のせいか、スローモーションに相手の動きが見える。後はその通りに身体を動かすだけで、意識せずとも簡単に攻撃を避けることが可能であった。
それ故、ゼクスは【拒絶】を使用していなかった。目の前にいる男が持っているのが【顕現】によるものではなく、実際の短剣であることも原因の一つではあろうが。
「関係あるもんか。……お前みたいな異常が、彼女を本当に幸せにできるはずがないだろう」
「……その部分だけは、評価する」
思えば、刀眞遼はその時、それすら考えていなかったな。
ゼクスはほぼ和解した兄のことを思い浮かべながら、フッと軽く笑う。
レンガーダは、それが気に入らない。
「何がおかしい? 何に余裕を感じている?」
「余裕も何も――。俺を誰だと思ってるのか、よくわからんな」
ゼクスの声が一段階低くなった。憎悪を滾らせた、地を這うような不快な声ではなく、あくまでも冷静さを保ったものであるが。
声色の変化に、レンガーダは一層強く短剣を握りしめ、飛びかかる。
細かく突きを繰り返しても、当たらない。
大ぶりに切り裂くような動きを見せても、当たらない。それに合わせてゼクスは目くらましを使うように、煌めく霧をあたりに発生させているだけだ。
――、このままではこちらの体力が削られるだけで試合が決してしまう。
そんな焦りからか、1歩大きく前に進みながら顕現力を込め始めたレンガーダに。
ゼクスは【拘束】を使った。氷属性の鎖が、先程発生させた「煌めく」霧の中から飛び出してくる。
レンガーダの意識を逸らすために煌めかせた訳ではないのだ。ゼクスが四煌であることの証明であり、その霧に隠されている質の高い顕現力が、今放出された。
「な――。クソ」
切り裂こうとして失敗。鎖の強度に若干であるが戸惑ったレンガーダはすぐに作戦を変更し、追尾してくるそれを弾くように動き出した。
顕現力のこもっていない短剣であれば、抵抗すら出来ていなかっただろう。
必死な様子の彼に、ゼクスは意地悪な笑みを一層深めると次は顕現力による雷を落とす。
性質は雷であるが、その属性は闇。白い闇が柱のように雷を落とし、ランダムに鎖を発生させる。
そこからはあっという間に拘束され、レンガーダは指一本動かせなくなっていた。
「……しばらくそこで、彼女――オニマルの戦いでも見ているといい」
その間に抜け出せたら、戦いを再開しようか。
ゼクスは静かにそう告げると、オニマルの方を見つめた、
――
オニマルは、重力など存在しないかのように宙を舞っていた。アレスはアガミと同じ盾使いであり、触れるだけで相手にダメージを与える効果を持つ盾を持つ。
その盾は彼にしか顕現特性として【顕現】できないものである。似たようなものを擬似的に【顕現】できるのと、顕現特性として扱えるのは全く違うものだ。
質が違う。擬似的なものよりも威力も固さも、すべてが違う。
しかし、だからといって【顕煌遺物】に勝てるかと言われれば……。
「初戦とはいえ中々じゃのぅ」
着地したオニマルは、少々息を荒げていた。実体化に成功してからの初戦だ、身体が慣れないということもあるが、相手もかなりの強敵だ。
――レンガーダのような性悪が、仲間を呼べるだけで見上げたものじゃのぅ。
それも守りが堅い。ちまちまと盾に刀を突き立て、【吸収】を繰り返しても時間がかかり過ぎる。
特攻して刺し違えても、オニマル自身はすぐに回復できるが……。
ゼクスが自分を「1つ」ではなく「1人」と認識してくれている限り、それも嫌がるだろう。
「主のいうことを聞くのが、刀の使命じゃの」
「どうした? 来い」
アレスの武器はカウンターだ。自分から殴ることも可能ではあるが、主体はカウンターだ。
故に、待つことを望む。
「あちらは勝負が決したようだぞ?」
「……そうなんじゃが、崩せぬのぅ」
ゼクスからもらった顕現力が足りないわけではない。
充分すぎるほど、それこそ人の顕現力で実体化出来ることすらオニマルは考えていなかった。
今回自分が実体化出来ていなかったら、ゼクスは一人で戦う羽目になっていたのだ。
そう考え、実体化出来たことに感謝し。そしてオニマルは一人でイズナ・アレスを打ち取ると覚悟を決める。
「国綱は――、どうやって剣を振っていたかのう?」
記憶を呼び起こす。今必要なのは、相手の盾を切り裂く顕現力だ。
それを持ち合わせていないのなら、その先――、彼の本体を叩くしかない。
ゼクスから、顕現力の供給が再び始まった。身体に流れ込む力の奔流をなんとか押さえ込み、オニマルはアレスを見つめた。




