第306話 「来訪者」
「またやるんですね」
「また殺るよ。勝手に巻き込んでごめん」
「いいのです」
夜。ゼクスは自室で覚悟を決めていた。
隣には古都音も、真剣な表情のまま腰掛けている。
「勝算は? どうですか?」
「俺は全く遠慮しないと言えば?」
ゼクスの言葉に、やっと古都音は微笑みをこぼした。ゼクスが遠慮しないということは【拒絶】も【書換】も、【顕煌遺物】である【髭切鬼丸】も全て使うということである。
古都音は希望的観測に取り憑かれているわけではないが、どうしてもゼクスよりも能力的に優れている人を見つけることは出来ない。
誰にも負けない徒手格闘の技術があっても。
どんなに速いパンチであっても。
【顕現】を自在に使いこなし、一つの軍隊を一人でなんとか出来る人間であっても。
顕現力がそれに関わっている限り、全てを無にするのがゼクスの顕現特性である。
実際に実弾で撃たれたことはないが、恐らく実弾すら彼には効かないだろうことは予想できていた。
更に言えば、他の人に付与することも出来る。
『その通りじゃ。……そうそう、2人に見てほしいことが』
そんな中、【髭切鬼丸】から声がした。
どうした? とゼクスが右腕を開くと、白い顕現力が流れ出し――。
一人の少女の姿になった。その顔は古都音にとても良く似た顔をしていて、そのまま幼くした感じの少女が、ぺたんとベッドに座っていた。
「半実体化出来るようになったのか」
「これだけ近くにいれば、今まで腕に行き渡っていたものが入り込んでくるからの。これで明日は我も戦うぞ」
安心しろ、右手はそのままにしておくから。とオニマル。
ゼクスはその気遣いに感謝しながらしかし心配になる。
なんせ、何百年も実体化を果たしていないのだ。
「それは有り難いけど。身体の動かし方、わかる?」
「それは問題ない」
思考訓練できるからのー。とオニマルは犬か何かのように古都音に撫でられている。
古都音はそんなオニマルをなでつけながら、古都音は窓の外を呆然と見つめていた。
視線にゼクスも気づく。勿論、オニマルも。
「ゼクス君……外」
「何か? ……うん?」
近づいてくる淡い水色の光に。ゼクスは「あの人」の欠けた顕現力を感知して古都音に振り返る。
「外へ出よう」
「はい?」
「俺への来客だろ。屋上へ」
―――
「こんにちは、御雷氷君」
「蒼穹城」
「決闘するんだってね。だから観光がてら、ちょっと明日のを見に来た」
3人の前に現れたのは、氷の翼を生やした蒼穹城進であった。
その顔には優しい笑みを蓄えて、目は糸のように細くなっている。
ほんの1年前、ゼクスの最大の敵であった男は、敵意をひとかけらも表さず2人を案じていた。
「……学校は?」
「観光っていうのは勿論主目的じゃなく、お父様がね。……まあ、日本は大丈夫だよ」
蒼穹城進は改心した。5年間、見下し続けていた元友人に復讐され、阪神を【顕現】不随にされてやっと目が覚めたのである。
復讐を実行されてから改心したのが遅いのか、それともそのまま育って大人になってから復讐されるのがよかったのかは分からない。
――が、進は今で良かったと考えていた。
「今、刀眞獅子王の捜索が懸命に行われている。【ギリタストルドー】の件も全てが終わったわけじゃないし、とにかく。日本から逃げた可能性もあるということで、少し遅れたけど正式に捜索の協力を取り付ける予定だよ」
「そうか」
東雲契であった化物は、以前逃走中。その傍に刀眞獅子王もいる。
しかし、ゼクスは今は深く考えることがなかった。
安心しているわけではないが、次は絶対に負けない。
そういう考えが、ゼクスを成長させている。
「次の相手は誰? 僕が代わりに戦ってあげよっか」
「古都音を賭けてるのに、んなこと出来るか」
「なるほどね。……君も変わったね。僕に対する憎悪の目もほとんどない」
「やるべきことは終わった。後に長引かせても仕方がないからな」
そう。仕方がないのである。
進はそれで良いと言ったなら、ゼクスももう満足したのだ。
寧ろ、お互い右腕が義手である同士――という奇妙な共通点も出来た。
「僕も変わったよ。次代から、蒼穹城家は変わるんだ」
「そうか」
「日本に戻ってきたらまた、実家に遊びにおいでよ。あの時には戻れないかもしれないけど」
進の言葉に、ゼクスは少しだけ考える。
無事に留学が終わり、日本に帰ったら。きっと今よりもずっと自分は強くなっているだろう。
古都音のためではない。颯や、雪璃や、アガミや……日本にいるアマツたちのためでもない。
他でもない自分のためだけに強くなり、自分の意志で。
次は復讐ではなく、別の理由で力を振るうことが出来る。
「……考えとく」
「ありがとう。……じゃあ僕はそろそろ行かなきゃ。アインが待ってる」
氷の翼を【顕現】し、飛び去っていく蒼穹城進を二人して見つめながら、言葉を交わす。
そこに、明日の不安はひとカケラもなかった。
「もしかしたら、明日勝ったらまた目立つんだろうか」
「目立ちますね」
「だよな。……【ATraIoEs】ではそんなに……心配はないか」




