第305話 「1年前の再来」
「だから言っているじゃないか。彼は俺たちと違う【顕現者】で! 君は僕達と同じ正常な【顕現者】なんだ!」
午後。トイレからいつも通りの第一修練場に戻ってきたゼクスは、修練場の雰囲気が妙に殺伐としていることに気づいた。
先程、声を荒げて叫んだのはレンガーダで、見るからに不機嫌な顔に変わっていた古都音と対峙している。
2人の間を、颯とアガミがガードし、古都音の隣を雪璃がガードしている形だ。
4人とレンガーダの間に流れる空気はかなり酷いものになっており、ネクサスやヴァリエスたちも手出しが出来ない状態になっている。
ゼクスは、一体何だととりあえずネクサスに近づくことにした。
「何アレ」
「……ガザルがいつも通り誘ったのはいいんだけどさ。いやよくないけど、コトネもいつも通り断ったら、ゼクスが彼女に相応しくないんだと。【顕現】がまともに使えない【顕現者】は【顕現者】ではない、ってさ」
俺達は全く気にしないんだけどね、とネクサス。
そもそも、ネクサスもヴァリエスもまともな【顕現者】ではない。
厳密に言えば、ヴァリエスは【顕現者】ですらない。
特にグンディール棟で訓練をしている【顕現者】は、そういう傾向にある。
勿論のこと、ライザ・グンディールという男も特別だ。
ゼクスは古都音のほうに視線を向けた。何かを言いたそうな顔をしている。
多分、口に出したら感情が表に出てしまうから――、言い出せないのだろうと。
次に颯とアガミ。この2人は基本的に無表情と飄々。しかし、今回は違う。
今防御に徹しようとしているのは古都音か俺からの指示がないからであり、どちらかが指示を出せばすぐさま攻撃に転じることが可能だろう。
何より、普通でないことはゼクスが一番知っている。颯だって、アガミだって、雪璃だってそうだ。
規格外、と言ってしまえばそれで終わる可能性だってあるが、結局は異質であることに代わりはない。
だから――。
ゼクスは、そんな臨戦態勢に入っている2人を制した。
「落ち着け」
颯たちが固まる。レンガーダも固まった。
「話を聞こうか、ガザル・レンガーダ」
「……お、俺は君が彼女に相応しくないと言っただけだ。俺のほうが彼女を幸せにできる。そもそも君は異常じゃないか。【八顕】に成り上がったとは言え、普通の【顕現者】として暮らすのは難しいし! そんなことを望む女性はいない!」
後ろの方で颯の頭に青筋が浮かんだ。それを感じ取って、ゼクスは再度彼を制す。
成り上がったのは事実だ。それも、もともとの家族を切り捨てて勝ち取った座だ。
しかし、ゼクスには絶対的な自身があった。
最も、ゼクスにとってガザル・レンガーダというのは未だに邪魔者とすら感じていない。敵と感じていたなら兎も角、冷静だ。
ただ、古都音の障害になるなら――。
そう考え始めた矢先、後ろの方で古都音が雪璃の腕を振り払った感覚を、ゼクスは捉えた。
つかつかとゼクスの前に立つと、レンガーダの周辺1メートル以内に近づく。
彼は古都音が期待に応えてくれたと考えたらしい。見下すような視線をゼクスたち4人に向け、1歩前に進む。
勝利を確信した、そんな顔に。
古都音は、全く躊躇せずビンタを食らわせた。
――
「え……?」
レンガーダは、呆然としていた。自分が何をされたのか理解できないと言った顔である。古都音を信じられないという顔で見つめていた。
完全に、勝利を確信してからの突き落としに我を忘れている。
「私を誘うだけでしたら、私も手荒な行動は起こしませんでした」
古都音は自分の右手を左手で抑えている。少し前の行動を恥じているのかもしれないし、また触ってしまったことに対しても嫌悪感を抱いているのかもしれない。
ゼクスにはその考えがわからなかったが、分かっているのはまず間違いなく彼女が怒っているということだ。
同時に、古都音の身体からは顕現力が漏れ出していた。【威圧】の制御が効かなくなっているのか、おぞましいほどの顕現力が発散されている。
「君は、何を言っている?」
「ゼクス君が私を選んだのが最初ではないのですよ。私が先にゼクスくんを選んだのです」
ゼクスは、一年前のことを思い出していた。
声をかけてきたのも、付き合おうと言ってきたのも、その次の段階に進んだのも、全て古都音からである。
古都音の求める人間がゼクスであり、またゼクスもそれに応じ。
今は相思相愛になっている。
寧ろ、ゼクスから古都音への思いよりも古都音の思いのほうが大きいのである。
「ゼクス君を隔離しようなんていう考えなら、金輪際関わってほしくありません」
「し、しかしだなぁ」
納得のいかなさそうな顔で、レンガーダはもう一歩古都音に近づいた。
何もわかっていないのだ。この場に及んでも、チャンスが有ると考えている。
だからこそ、近づく。
しかし、それをゼクスが許すわけがなかった。
「――やめろ」
ゼクスの口調は静かであった。特に何か、威嚇しようとしたわけではない。
ただ、そう呟いた。低い声は修練場を走り抜け、今しがた入ってきたグンディールも何も言えなくなるほどの、怒気が込められたものであった。
「これ以上、彼女に近づくな」
「その資格が、君に、あるとでも?」
ゼクスの返答は、「あるさ」という短い三文字であった。
「古都音が楽しんで話をしているなら俺は何も言わんさ。だが、お前は違う」
「何を根拠に……」
「古都音に殴られて、まだ分からないのか? 【ATraIoEs】の面々は、実力主義だろう?」
その言葉に、ネクサス達は頷く。相手がどんな【顕現者】であれいいのだ。むしろ、ついてこれるなら【ATraIoEs】は【顕現者】でなくても拒むことはない。
「俺と勝負しよう、ガザル・レンガーダ。手加減なしで、古都音を賭けて」
ここまで言って、ゼクスは少しだけ古都音を振り返った。
古都音は視線をそらさない。そのまま3秒、見つめ合ってから真剣な顔でうなずきあう。
ゼクスはレンガーダに視線を戻した。
「いや、俺は」
「申し訳ないが。飲めないならこれから古都音にかかわらないでくれ。女性一人を手に入れるために行動も出来ない【顕現者】に、存在価値はない」
負けても同じだけどな、とゼクスの顔は笑っていた。
レンガーダに残された道は、決闘を承諾して勝つしかなくなったのである。
「……分かった、よ」
「グンディール先生。日時を決めていただけませんか?」
「今からでいいよ……と思ったけど、ふたりとも準備があるだろうし明日の正午ね。……得物は何を使ってもいいけど、助命はするから。あとゼクス君、ふっかけた側のハンデとして彼には1人までの助っ人を【ATraIoEs】の生徒の中から許可するけどいいかな?」
ゼクスは、一年前のことを思い出していた。
実の兄と、こんなことを同じ人を賭けてやっていたようなきがする。
勿論、負けるつもりなんぞまったくないのだが。
ただ違うのは、今回は復讐が全く関与しないことであった。
「どうぞ」




