第304話 「恐怖を刻むだけ」
ゼクスたちが【ATraIoEs】に入ってから一週間が経った。
たった一週間の訓練で、彼の成長は著しい。ライザ・グンディールに教わったことをそのまま躊躇なく実行することで、曲線的な攻撃も出来るようになっている。
最初は怖がっていた生徒たちも、数日もすれば一緒に訓練を開始していたことを考えるとやはり【ATraIoEs】は違うものなのだ、という感覚がする。
ゼクスはここでの生活が楽しいものに思えている。
――ただ一点、レンガーダが相も変わらずしつこく古都音を誘っていること以外は。
「まったく、俺はガザルがどんな思考をしているのか分からないよ」
昼休憩。各々が弁当を買いに行ったり、また食堂ですまそうとしたりで移動している中でヴァリエスがぼやいた。
彼の視線の先にはゼクスの傍を離れたくない古都音と、そんな古都音を食事に誘っているレンガーダの姿があった。
「ネクサス、あれ言ったほうがいいんじゃないの」
「ゼクスはなんで動かないんだろう?」
ヴァリエスに話を振られたネクサスは、ゼクスが冷めた目でレンガーダを見つめているだけであることに気づく。特に何もする気はないようだ。
彼が一度言ってしまえばそれで終わる話のはずなのに……と、訝しむ。
何かゼクスに考えがあるのかわからないが、古都音のストレスになっていることは明確であった。
「もう! ……ゼクス君、行きましょう」
「ああ」
決して威嚇するように睨みつけているわけではない。
しかし、その目は遠くから見ても明らかに冷たい氷のようなそれであり、ヴァリエスはその目で見られたら震え上がる自信があった。
「……ゼクス、どうしたの?」
「いやー、ちょっと訓練していただけだよ」
「は?」
目を丸くする2人に、古都音は苦笑しゼクスも笑っていた。
「ゼクス君ったら、私の意思が硬いことを利用するのです」
「視線で敵意を隠せば、不意打ち出来るかと思ってさ。……気づかなかっただろ、彼」
確かに、と2人は思い返す。
「確かに、ガザルは君の視線に全く気づいていなかったね」
「いくら俺が嫌いで見たくなかろうと、あれだけ見つめてたら普通気づくだろう?」
ゼクスは、本当に楽しそうだった。
寧ろ我慢できなくなっていたのは古都音である。
「ああ言うしつこい男は嫌いなんです」
「しつこいとマメは違うからねえ。……そもそも、彼はチャンスが有ると本気で思っているのかね」
ネクサスは、何か高度な嫌がらせなのではないか――、とも考えたが。
すぐにその考えを自分で否定した。
少なくとも、彼が古都音を見つめる顔は輝いていたからである。
「いつまで続くのやら」
「何度も明確に断っているはずなのですが」
「やっぱり、ゼクスから離れないのが一番だと思うけどね」
そのつもりです、と古都音はヴァリエスとネクサスの言葉に答えた。
元からゼクスの目が届く範囲で訓練をしている。これは古都音にとっての一つの自衛手段でもあった。
実力主義なら実力主義で、最も安全なのは両思いかつ強い男のそばにいることである。
「俺たちでも一応守ってやれるけど、俺は一対多に弱いんだよね」
疑似【顕現者】であるヴァリエスは、消耗が激しい。それを【顕装】を使うことにより出来るだけ温存しているのが事実である。
ゼクスのそばにいる限り大丈夫でしょー、とあくまでも軽いヴァリエスに、古都音は神妙な顔をして頷いていた。
「でも、【ATraIoEs】で別行動をとるというのはありえます?」
「ほぼない。基本的に引き抜かれた棟で訓練。たまに他の棟と親善試合をしたり、合同訓練をしたり。【ATraIoEs】には団体で一つの意味を成すっていう人もいるから、そういう場合はできるだけの配慮をされる」
何処の棟だったかな、5人で顕現特性がリンクしていて相乗効果で戦うトリオとかいた気がする。
その言葉を聞いて、ゼクスはアマツが研究に使ってた戦隊ヒーローみたいだ、とどうでもいいことを考えていた。
「ゼクスくんは何か対策とか、考えていただけないのです?」
「ないよ。……やりすぎたと判断したら恐怖を刻み込むだけ。執拗に、何度も。それでも繰り返すならこちらもエスカレートさせていくだけだ」
サラッ、と怖いことをつぶやいたゼクスに、思わず3人は目を見合わせてしまった。
「最近、いつもこんな感じなの?」
「いつもはこんなんじゃないはずなんだけど……」
ヴァリエスとネクサスの囁きは、ゼクスの耳に届かなかった。




