第030話 「蜂統の翼と終夜古都音」
「また会ったな、八龍君」
お昼を少し過ぎた頃。
吐き気に勝った冷撫を、約束の地とされた学園門に連れて行ったそこには2人の姿があった。
1人は、冷撫が入っていた通りの人。
黒髪金眼の、大人びた少年だ。蜂統アガミ、本当は漢字で「亞神」と書くらしいが、彼は自分の名前の、漢字が嫌いらしい。
まあ、「神につぐ」っていう意味だからだろうけれど。流石に大層すぎる?
いや、俺の元の名前も「龍の血筋を胤ぐ」って言う意味だから、そう変わらないか。
んなこと無いってのに。
「古都音、先輩?」
「また会いましたね、ゼクス君」
そして、柔らかな顔で微笑んでいるのは終夜古都音先輩であった。
また会いましょうってこういうことなのか?
……俺は、相手に気づかれないよう首にそれがかかっているか確認した。
問題ない、いつもどおりだ。
「変なメンバーですね」
冷撫は、さも驚いたかのように目を見開き、アガミに頭を叩かれていた。
「元凶はお前だろうが、冷撫」
「そうでしたそうでした、覚えていませんでしたー」
間の抜けたように話をする彼女は、明らかに何時もの冷撫ではない。
俺と同じように、昔から……寧ろ俺よりも昔から一緒に居るようなアガミが、その口調に困惑する程度にはキャラが変わっているのだろう。
「どうしたのコイツ」
「カフェイン酔い」
何やってるんだと呆れ顔のアガミは、冷撫の顔を覗き込んで額に手を当てる。
そしてしかめっ面で俺の方に振り向くと、「ちょっと熱い」と発熱の可能性を示した。
「冷撫は置いていこう」
「私も行きますー!」
ああー、これは駄目なやつだ。
こんな人だっけか、とこちらが混乱してしまうほどそれが崩壊しつつある。
冷撫って、熱を出すと少々年齢が退行するらしい。
この5年間、風邪も引かなかったからそんな姿は見れなかったが。
多分、八顕学園に入ってすぐにアマツの暴走で精神力が参ったのかもしれない。
彼女も元気なようで、俺ほどではないにしろ色々抱えている。
それは、俺達だけでなく。
ここにいるアガミや古都音先輩も、他の奴らも、蒼穹城たちも抱えていることだろうけれど。
俺が助けになってやりたいのは「味方」だからから。
「ちょっとの間待っててくれや、八龍君。ちょっと冷撫を寝かせてくる」
「うん」
俺が返事をすると、アガミは極々自然な動きで冷撫をお姫様抱っこした。
ははーん、慣れているのかもしれない。それほどに当たり前と勘違いする動き。
冷撫もそれに頭が真っ白になったようで、ばたばたと暴れているがその行動すら無力化されていた。
「暴れるな。空中で落とすぞ」
空中?
俺が首をかしげていると、アガミは詠唱を始めた。
「属性【風】・顕現体【翼】・個体名【ファルコン】」
武器や道具ではなく、彼が顕現したのは「翼」であった。
背中から1対の翼が展開され、まるで鳥のよう。
大きさはアガミと冷撫をまるごと包めるほどで、かなり巨大。
「じゃ、行ってくる」
あ、飾りじゃなくてちゃんと飛べるんだ。
当たり前か。それにしても物理法則とかどうなっているんだろうな?
【顕現】には謎が多い。
この翼もだけれど、俺が出来ること「状態を巻き戻す」など。
「巻き戻す」なんて最たる例だろう。冷撫に気づかれないように、金曜日の夜から金曜日の朝までアマツの状態を「巻き戻し」た。
だから、この力は【神の力】なんて呼ばれて研究が遅れる。
「……憎しみの感情を感じます」
「ん?」
考えに耽っていると、後ろから声がした。
後ろにいるのは当然、古都音先輩だけで。
俺は自分の奥深くを見抜かれた感覚がして、思わず先輩から一歩離れた。
「怖がらないで。私は貴方の敵にはなれません」
「なれません? なりませんでなく?」
「はい、なれません」
不思議なことをいう人、という印象だった。
昨日、見つめ合ってしまった時何か感じ取られたかも知れないと警戒してしまう。
しかし、古都音先輩の顔を見ると、警戒も恐れも全て吹き飛んでしまいそうになる。
彼女と会ってから、俺はおかしい。
「……そういえば、終夜って」
「はい、認識は【終夜グループ】で間違っていません」
……うん、だよな。
冷撫が使っている【顕装】はメーカーが違うけれど、ソレを作っている会社で間違いないよな。
【顕装】は英語で「オーライズ・メカニカル・デバイス」、日本語で言うなら正式名称は「顕現機巧装置」。
それを作っている会社は多いけれど、メジャーなものと言われたら数社しかいない。
世界的なメーカーなんて、本当に10社もないだろう。
日本では2つ。その中の1つ。
他には勿論、工業系も有名。車もある。
……くっそ高いけど。
「そうですよね、あんなグループに居るんですものね」
「【八顕】や【三劔】と一緒に居る人間で普通の人はいませんから。……ゼクス君も、そうでしょう?」
……この人は、どこまで知っている?
軽く知っている程度なのか、それともアマツや冷撫のように全てを知っているのか。
包容力があるのは分かった。先程からずっとしゃべっていて、こちらの神経を逆撫でしないよう慎重を重ねているのは分かる。
けれど、ソレ以外がわからない。
美しい花には棘あり、だ。
アズサさんを始め、女性陣には気をつけたほうが良いかもしれない。
アマツの味方であっても、俺の味方であるとは必ずしも限らない。
「そんな怖い顔をしなくても」
少し心配したような顔で、古都音先輩が呟く。
俺はどんな顔をしていただろうか。
……本当に【結晶】は効果を発揮しているのか?
感情は抑制できても、思考は抑制できないとかかな。
「おまたせ。二人共どうした?」
アガミが帰ってきたのは、俺と先輩が最後に言葉をかわしてから5分後のことだった。
「ん、どうだった?」
「38度あったよ……あとあのダンボールは何だ」
「カフェイン増々の【顕現者】用エナジードリンク」
ダンボール3つほど合ったからな。1箱はもらってきたけれど、まだ残ってるよな……。
彼は「没収しよう」と一言。
そして俺たちを見つめる。
「さて、行きますか」
ああ、行こう。
平和な時が続けばいいんだが、そうも行かないか。
そろそろ、俺も打って出たほうが良いか……?
次回更新予定は明日。




