第003話 「2人の友人」
あれから、5年の月日が経った。
俺はもう15歳。今日は入学式で、目の前にそびえ立つのは巨大な学園門だ。
「ここが、か」
ここが、俺がこれから通う【顕現者】候補生の育成機関。
あの時は絶対に無理だと思っていたここ、「八顕学園」への入学も、本当にできるんだ。
本当、ここまで信じてきてよかった。
そんな感慨に浸っていると、後ろの方から声がする。
振り向くと、そこには金髪碧眼の美女が居た。
ほわほわとした雰囲気の。
桜には黒髪黒目の理想的大和撫子が似合うと考えていたが、こう遅咲きの桜舞いと合わせてみると、イケるな。
「さて、私たちはここでいいかな」
「カナンさん……」
「お母さんでしょ」
ぷくっ、とさも機嫌が悪そうに取り繕っているカナンさん。
じゃなくて母さんの指摘を受けて、5年経ってもやっぱりなれないね、と話をする。
八龍家の養子になって、もう5年か。
俺はもう刀眞胤龍ではなくなった。
姓名ともに変えて、「八龍」と名乗っているし、名前だって母さんと父さん……冷躯さんに新しくつけられた「ゼクス」になっている。
あの時と、何が変わっただろう。少なくとも髪の毛の色と、眼の色は変わったか。
訓練で【顕現】の限界を突破するほど、無理して使ったからか、俺の髪の毛は変色してしまった。
髪の毛は黒から灰色に。眼の色は黒から黄色を帯びた黒へ。5年で何もかもが変わったし、俺はもう、違う。
「うん、行ってらっしゃい」
「父さん、母さん。行ってきます」
車でここまで送ってきてくれたから、きちんと挨拶をして。
それが見えなくなってからもう一度校門を見つめ、「あの時」言われた言葉を思い返す。
『今日から、もう君は無能なんかじゃない。そもそも最初から無能じゃなかった』
『憎しみのために【顕現】は使わないこと』
『欠点ってのは最大の魅力なんだぞ、ゼクス』
思い出したうえで、俺は心のなかで「ごめんなさい」と、二人に謝った。
ごめんなさい、どうも。
復讐のために、俺は【顕現】を使ってしまいそうです。
「……はぁ」
俺はため息をつき、罪悪感を覚えつつ門を潜る。
さて、入学式までに友人を探しに行きますか。
※※※
入学式の会場に向かう前に、俺が向かったのは待機場所である教室の中であった。
教室、といってもまるで大学生になったような、段々作りのそれである。
俺がそこに入っていったところで、こちらに興味の目を向ける人は少ない。
そう思いたかったが、残念ながら興味を示した人の方が多かった。
原因は、俺の髪の毛が灰色だからだろう。
【顕現】には属性がある。全部で8つとその他だけれど、どの属性を使うかによって髪の毛の、色が変わっていくというおかしな現象があるんだ。
赤とか、緑とか、はよく見かける。一つの属性を極めるために、自分の道を狭めるのは正しい選択だ。器用貧乏になるよりは、ずっと将来に響くだろう。
でも、俺の灰色っていうのはかなり珍しい。
3属性以上を同時に、同じペースで学んで来なければいけないからだ。色を複数合わせるとその色が多いほど、灰色に近くなっていくように、色素が少しずつ抜けていく。
さらに、もちろん選択肢が増えるというのは極めるのが難しいということ。
器用貧乏になりやすい。だから、そんな選択をする人は少ないし、そもそも人間の限界が4属性とされている。
教室から「誰だあれ」とか、「少なくとも八顕じゃないな」とか、「三劔でもなさそう」とか、そんな言葉が聞こえてくる。
両方共、この世界では有名な家の総称であった。
日本で最初に【顕現】を発動することが出来た8人の家系、【八顕】。学園の由来ともなっているそれと、後に新しくある一定の発言力を持たせなければ日本のバランスが崩れると判断された【三劔】3家。
俺とは関係なさそうだ。気にしなくても、別にいいや。
……いや、本当には関係有るのだろうけれど。八龍家って言われてる【三劔】
気にするべきは、友人と合流できるか否か、ということくらいだろう。
と、一人の男が席を立ってこちらに向かってくるのを見つめて、いた、と心の中でつぶやく。
容姿は一言で示すなら、ワイルドと言ったところだろうか。野蛮に髪の毛はオールバックで金色。だけれどその荒々しい容姿だというのに、どこか知的な雰囲気を感じさせる。
虎か獅子か。そんな感じの男である。
「3日ぶりだね、アマツ」
「おうー」
にかっ、と笑う彼の笑顔は、きっと光属性のはずだと俺は確信する。それほど明るいものなのだ、それは。
彼が使用できるメインの属性は光属性ではなく、焔属性であるけれど。
彼はこちらを空いている席へ案内すると、隣も取られるなと指示を出してきた。
……ああ、まだきていないのか、「彼女」も。
「他の八顕は?」
「まだ来てねぇよ。あの3家は一緒にくるんだろうさ」
ぶっきらぼうに、八顕が一角「神牙」家のアマツはそういった。
その顔は、他の面子を嫌っているようにも見える。
実際、この人も俺と同じでそうなんだろうけれど。
「やっぱりちょっと外出ようか」
座ってることに我慢が早くもできなくなったのか、アマツはそう言って席を立つ。
落ち着きがないといえばそうだが、この状況で落ち着けるわけもないか。
アマツが俺に話しかけたことで、俺が「普通」の候補生ではないことはもう分かり切ってるような状態である。
こちらをチラチラと見つめる生徒が数十人いた。たしか、今年の新入生は500人だったか。よく集められたなと、ただ感心するしかない。
「ゼクスは? どうする?」
「俺も行くよ?」
むしろ、このまま入学式も一緒に行かないでくれるとありがたいんだが。
入学生スピーチはアレがするんだろうし、あの顔を見ればフラッシュバックするだろうしな。
八顕が一角、蒼穹城家の長男、進。
顔を突き合わせた時、とりあえず1発殴ってやろうか。
それだけで気分はもちろん良くならないが。
いや出来るだけなら顔すら合わせたくない。
「ゼクスくんも、アマツくんも、ここにいたんですね」
教室の入り口……南側から少し離れた高台でのんびりしていると、後ろの方から声がする。
涼風が通り抜けるような声だ。振り返れば、そこにいるのは子猫を彷彿とさせる少女がいた。その氷色の髪の毛は、彼女がその通り氷属性の使い手だからか。
そのツリ目は、どこか厳しい感覚をこちらに与えてくるものである。
性格上、そのようなことはないはずなんだけれど。
アマツが彼女に声をかけた。
「鈴音、おはよう」
「おはようございます、アマツくん」
俺からは何もないが、彼女はこちらにも挨拶をする。
「おはようございます、ゼクスくん」
「……おはよう」
先にされたら、返すしかないんだよな。
俺が渋々返すと、彼女は少しだけ傷ついたように俯く。
「冗談だよ、済まない」
「気にしていないからいいのです。どうせ私は」
拗ね始めた少女を宥めようと座らせる。
彼女の名前は鈴音 冷撫だ。俺とアマツがのそのそと動いてあけたスペースに、優雅な動きで座ると……気分を入れ替えたのか空を見上げる。
ちなみにその名前は、冷躯さんから取られたらしい。
「今日から、ここで住んで、学んでいくのですね」
「ゼクスも入学できたしな、こっちとしては万々歳だ」
アマツと鈴音は、俺のことを気にかけている。
5年前、新しい人生を歩み始めた俺に冷躯さんが与えてくれたのは、冷躯さんとカナンさんという「両親」だけじゃなかった。
2人は、父さんの同僚の子供。同じ職場だから家族ぐるみで仲良くなれたし、2人とも荒れていた俺を、よく10歳の時点で我慢してくれていたな、と思う。
2人には多大な迷惑をかけた。そして多分、この先もかけることになる。
「2人とも、ありがとう」
「なんだよ改まって」
俺の言葉に、アマツは照れたのを隠すように仰け反るし、鈴音は目を細める。
「いえいえ、これからもですよ」
そりゃそうだ、と思い出して、俺は苦笑する。
この二人だけが、現時点での俺の味方なのだから。
第004話更新予定 → 1月23日