第283話 「許しと赦し」
海外から帰って1番目の更新〜
戦いが終わり、冷躯が最初に向かったのはゼクスたちのところであった。
ゼクスの周りにはネクサスたち【ATraIoEs】一行が、雪璃が、神牙ミソラが集まってその手を見つめている。
ゼクスは、ミソラに言われるがままに【髭切鬼丸】の本体を出現させたり、またもとに戻したりしている。
「痛んだりはしないのですか?」
「しないよ。何だか優しくなったか? ミオ」
ゼクスが指摘すると、ミオは恥ずかしさからか、少しだけ顔を赤らめつつ「緊急事態に私情を挟むほど自己中ではありませんよ」と答える。
「きちんと人を評価ぐらいできます」
「……そうか」
和やかな雰囲気の中、ネクサスは一安心しながら友として何かしてやることはできないか、必死に頭を回している。
【八顕】当代たちの半分はこの場にいない。獅子王の連行や、東雲契の連絡をするためである。
冷躯が万が一敗北した場合のことを考えての行動であったため、もちろんというべきか徒労に終わった今、できることは少なかった。
「不思議な状態過ぎて、僕はお手上げだね」
ミソラが早々にさじを投げる。
未だ、【顕現者】の半分もわかっていない現在で、まさか【顕煌遺物】と融合を果たした少年が目の前に居るという現実が、それこそ非現実的なものであるかのように感じられたのである。
「研究所で詳しく調べさせてくれないかい? 勿論、必要以上にはしないけど」
ゼクスは断る理由も見つからず承諾しようとしたが、その前にオニマルが声を上げる。
『申し訳ないのじゃが、ゼクスも我も疲れている』
「……【顕煌遺物】、かな?」
『我の名は【髭切鬼丸】。……これ以上は本当にやめてくれないか? 我も疲れているし、ゼクスも疲れている』
苛立つような声に、ミソラはいいようのない危険を感じてしまう。同時に、ゼクスの周りにいた人全員が、彼の変異に否が応でも気付かされた。
『帰ろう、ゼクス』
オニマルはできるだけ、優しい口調でゼクスを休ませようとする。これから古都音たち、彼を好いてくれる少女に、自分の力不足を説明しなければならない。
「少し待ってくれ、オニマル……。父さん、頼みがあるんだ」
そう言ってゼクスは、遼の方を向く。
遼は青ざめていた。自分の考えていたことがどれだけ馬鹿げていて、自身が【ギリタストルドー】を遣ってやっていたことがどれだけ愚かしいか、今になってやっと理解できたという顔だ。
精神を完全に支配されていた。昔は刀眞と蒼穹城の事情に。
たった今までは、恋い焦がれていた少女に影響されて。
視線の先を辿り、残った当代たちも事情を察したようである。一同、難しい顔をせざるを得ない。
「どうにかしたいんだ」
「いい方向に、だろ? ……いいのか? 俺は反対していたとは言え、今まで憎んできた人だろ」
冷躯の言葉は至極普通のものであった。
しかし、ゼクスは首を横に振る。
「もう、良いんだ」
完全に許したわけではないが、少なくとも今は赦そうと考えた。
こちらから歩み寄らなければ、和解はありえないだろうから。同時に、絶対に和解できない人間が一人できてしまったのであれば、それはそれで良い、と。
「もう兄として認識することは出来ないけれど。友人になれるように努力はしたい」
「分かったよ。……刀眞獅子王が何か吐いてくれれば、それが証拠になるだろう」
ゼクスは遼に目をやった。どうも遼は、先程の言葉に感極まったらしく身体を僅かに震わせている。
「……ゼクス、雪璃、颯君、ネクサスたち。もう、学園へ帰るといい。颪を護衛につけよう」
冷躯の言葉に、颪が頷く。
「俺はこれから、ザイラたちと話がある」
ーーー
「ゼクス君、無事で良かったです。本当に」
心配からか、目に涙をためた少女――古都音は、ゆっくりと出来るだけ片腕をかばいながら歩いてきたゼクスを、優しく抱きとめた。
その行動に、ゼクスはどうしようもなく申し訳なく感じてしまう。
「……兄様が言いにくそうだから言うけど、無事じゃないの」
雪璃が、ゼクスの痛々しい表情を察してのろのろと口を開ける。
言葉を受けて、古都音は注意深く恋人を観察した。たった数時間あっていないだけだというのに、もう何年も経過したような感覚。
「まさか、腕が……?」
そして、気づいてしまった。
ゼクスの片腕が半透明で光を蓄えており、質量がほとんどないことに。
「これは?」
『……我の失態じゃ』
古都音は、片腕から響いてくる声に驚くことはなかった。
ただ、その声で何が起こったのか理解はできる。
「いいえ。寧ろここまで一緒に居てくれて、ありがとうございます」
頭を下げる。
その光景に対し、ゼクスはなんとも言えない気持ちになっていた。
「……やっぱり、変な気分だ」
「ああ……はい。少々これからは難しくなりそうですね?」
古都音の言葉に、ゼクスはニヤッと笑った。
「雪璃と颯もゆっくり休んでくれ。今日はありがとう」
彼の言葉に、颯は頷いたが雪璃は何か言いたそうだ。
しかしゼクスは、生身の腕で軽く少女をハグして首を振る。
「兄様……?」
「そんなに時間は取らせないよ、今週末とかどうかな」
「二人で話ししたい……」
「いいよ」
頷くと、雪璃はやっと弱々しく笑って颯について行く。頬の傷は、今しがたゼクスが治したため殆ど痕も残らないだろう。
次に、ゼクスはネクサスたちの方へ向いた。
「3人も。ありがとう」
「何にもできなかったんだ、俺たち」
ゼクスの感謝に対して、ネクサスは難しい顔をした。自分たちが介入しようとしたときには、既にどうにも出来ない状況であった。
「【ATraIoEs】に行くときは、最高の援助をするよ」
「居てくれるだけでも充分過ぎる程、感謝してるんだぜ」
ミュラクとミオも難しい顔をしている。
「……心配なの?」
「ええ」
「珍しいね、ミオが他の男を気にかけるなんて」
ミュラクの言葉に、ミオが頬をほんのり赤くして首を振る。
「今まで同年代で目に入る人が、ネクサスしかいなかったのです」
「言いよる人はたくさんいたけどね」
釣り合わないのですよ、とミオ。
ただ、少しずつ――ほんの少しずつであるが。彼女の考えも、変わりつつあった。




