第281話 「御雷氷冷躯の力」
【髭切鬼丸】は、ゼクスの身体から顕現力がごっそり持っていかれるのをリアルタイムで感じ取っていた。
理由は簡単、刀眞獅子王が腕を切断したからである。そういえば、ゼクスと契約した直後に彼が同じようなことをしていたなと思い返すが……すぐにその考えを頭から振り払い、現状をどうするかオニマルは考える。
自身ができることといえば、今までゼクスから与えられた顕現力の蓄積を次は返還するように、彼のショック死を防ぐことくらいであった。
同時に、それよりも自分を振るための手がなくなってしまったということに、オニマル自身もショックを受けている。
もともと、【顕現属法】という……彼に最適でなおかつ便利な能力がある現状。これからは振られることもないのではないか、と嫌な予感がしてしまう。
『ゼクス……?』
声をかけようとして、しかし具体的なかける言葉を見失って。
オニマルは俯いて黙り込んでしまったが、ゼクスには声が届いていた。
『どうした、オニマル?』
ゼクスの声は、【顕煌遺物】でありある意味では人間よりも優れた存在であるオニマルが想像していたよりも、遥かに冷静なものである。
息は荒いものの、特段混乱しているということはないように、オニマルには感じられた。
【顕煌遺物】は、そんな様子を感じ取って逆に戸惑った様子である。
『ゼクス? 痛まないのか?』
『認識してからは痛いし、なんだか変な感覚だけど。……父さんが目の前に居るってだけで、なんとなく安心してられる』
『我がもう少し、もう少しだけでも警戒を解いていなかったら……こんなことには』
オニマルから発せられたのは謝罪だ。自分が「こう」なるように仕向けてしまったという、ゼクスにとっては見当違いの謝罪。しかし、ゼクスは怪訝に思うことなく……優しい笑みを取り繕って、"少女"に話しかける。
『俺は早く、この状況を終わらせたいんだけど。……どちらを倒せば終わると思う?』
『……どちらも倒さねば終わらない気がするが』
そう答えつつ、オニマルは一つの大きな決断をしようとしていた。結局、ゼクスが死ぬまで相棒で居続けなければならないのであるならば、今自分が考えている事を実行に移すこともだと言うであるのかもしれない。無論、ゼクスにそれを離してしまえば否定されるかもしれないが……。
【髭切鬼丸】には、自分を振ってもらう腕が必要である。最も、それがゼクスの負担になってはならないが。
今まで、オニマルは散々ゼクスの顕現力を吸い、蓄えてきた。それは契約の代償という名目もあるが、オニマルが少女としての実体を持つためでもある。顕現力の量は未だ足りていないため、それはかなっていないが、オニマルは元の持ち主であった蒼穹城国綱とそうであったように、ゼクスの隣で戦いたかった。
『片手でも戦えるだろ、大丈夫だよオニマル』
『……我が困るのじゃ』
『オニマル?』
ゼクスははじめ、彼女が何を言っているのかわからなかったが、すぐにそれを理解した。
ただでさえ、学園生活の中で【髭切鬼丸】を使う機会というのは少ない。これから更に少なくなる可能性があるとするならば、ということなのだろうと。
しかし、ゼクスは【顕煌遺物】が最終的にどこまで事を成し遂げられるのかはしらない。そもそも、顕現力の……自分の【拒絶】の限界すら知らない。
『3分だけ待ってくれぬだろうか』
『何をするか俺には説明してくれないんだろうが、無理はするなよ』
ゼクスの言葉に、オニマルは心の中で「無理じゃな」と答えた。
ーーー
ゼクスの異変に、いち早く気づいたのはずっと彼を見つめていた遼であった。そもそも、遼とゼクスの間に行われている戦いは目にも留まらぬほど高速なものであり、それは2つの竜巻がぶつかりあうように激しく、同時に移動しつつあったため彼には向こう側がすけて見えたのである。
まず、淡く【顕煌遺物】である【髭切鬼丸】が光った。色は白で、ゼクスはそれに気づきながらも落ち着き払ったように目を閉じている。光は徐々に【髭切鬼丸】を包んでゆくと、次はゼクスが抑えている肩へ移動した。
この光景を見ているのが自分だけだということを、なんとなくであるが感じ取った遼は無性に罪悪感を覚えてしまう。が、その光景から目を離すことはできなかった。
――光が収まった。
光から、これまた更に淡く光る腕状の何かを目撃した遼は、次こそ声を上げてしまう。
その声に、獅子王と冷躯が気づき同時に視線をゼクスに送り――。
同時に、目を疑った。
「……何だ。その腕は」
獅子王の顔は、驚愕からみるみるうちに憤慨へと変わっていった。彼が思い描いていたのは、ゼクスが利き手を失くし、最悪でも東雲契を捨て駒にして相手に損害を与えることである。その後は「染まってしまった」遼を見捨て、行方を晦ます予定だったのだが……。
チッ、と舌打ちをしたあとの獅子王は速かった。ゼクス、遼、颯、そして雪璃と視線を移していき、ほとんど颯に守ってもらう形で東雲契との戦いを繰り広げていた少女に目を留める。
【顕煌遺物】の効果も相まって先程の戦い以上にスピードを出しながら、獅子王は人質を確保しに向かった。1秒もかからないうちに、雪璃の目の前1メートルまで接近する。
彼には、御雷氷雪璃がとっさに庇うような動作をしたのを見たが、既に遅い。
そのまま手を伸ばしたところで――。
自分が、それ以上前に進まないことに気づいた。
どうにかして、あと少し進もうとしたがどうやってもそれ以上進まない。
獅子王は慌てる気持ちを懸命に抑えながら、冷躯の方を向いた。こんなことが出来るのは御雷氷冷躯しか存在しないと確信しての行動だ。ゼクスの【拒絶】もそれは相応に危険であり警戒すべき一つであるが。
「……貴様の仕業か」
「俺の娘に、指一本触れられると思うな」
その声は、事情を知らないゼクスが聞いても、またその場に居る誰もが聞いても「マズい」と判断し切る程度には低いものであった。
戦っていた契と颯も、ほんのコンマ数秒前にお互いが戦っていたことすら忘れて動きを止め、たった今しがた到着したネクサス一行も声を聞いて英雄的に登場する機会を失ってしまう。
獅子王は、冷躯が一線を超えるかけるのを感じ取りながらも、挑発をやめることはしなかった。
「娘ぇ? 面白い冗談だ。胤龍も、そこの雪璃とやらも。お前の妻は、一人として産んでいない」
「そうしたのは――」
お前だろう、と冷躯は思わず声を荒げかけた。が、瞬時に怒気を抑えて低く唸る。
ゼクスに、復讐で暴走してはならないと自分で告げたのだ。だからこそ、自分自身も復讐に気を取られてはならない。
「……カナンが産んでいようが居なかろうが、俺とカナンは『親として』本気で2人を愛している。それだけで充分だろう」
その言葉は、ゼクスと雪璃に対して嫌というほど心に響くものであった。
が、その感慨に浸る余裕も与えず、冷躯は自身の『顕現特性』を発動させる。
「気まずくなっているところ申し訳ないが、ネクサス君たちも。颯も、東雲契もよく見ていると良い」
冷躯の口調は限りなく穏やかに努めた結果のものであったが、いいようのない「何か」を感じ取った面々は思わず姿勢を正してしまう。
男は、内に溜めていた顕現力を放出した。それは一般人――顕現力を普段感じ取ることのできない人にも見えるほどの密度で可視化され、青よりも蒼くドーム型の【領域】を生み出す。
顕現力は冷躯と獅子王を中心に範囲を広げていった。その途中、遼と雪璃が【領域】に飲み込まれそうになったが、それぞれゼクスと颯が救い出し、契も戦うことを一切忘れて顕現力から逃れるように退避した。
「これが俺の力だ」
書くスピードが目に見えて落ちてて笑えない状況ですが、なんとか更新。
あと、サブタイトルを消去しました。




