第280話 「契の皮をかぶった化物」
あけましておめでとうございます。
お久しぶりです。
蜂統アガミは、大きく肩で息をしていた。
床に動く屍を10人弱、今しがた押さえつけたところである。激しく抵抗の素振りを見せていた彼女らも、パニック状態であった食堂も、突然静かになったこの状況を、息を落ち着かせながらも警戒は解かない。
「……何が起こった?」
アガミと一緒に鎮圧にかかっていた鳳鴻が首をかしげた。聖樹と古都音は両方共、「結局何もできなかった」と落ち込んでいたが、それがアガミの意識に差し込まれることはない。
彼は、今までで1番警戒していた。同時に、自分に颯やゼクスのような「顕現力を視る」能力が備わっていたら、と悔しがる。
今の彼には、現状がどうなっているか確かめるすべがない。残念ながら、古都音や斬灯、鳳鴻にもわからなかった。
「ゼクス君が何かをしてくれたか、と考えるのが良さそうだね」
鳳鴻は安心したような顔をしていたが……。
古都音は、言いようのない不安を感じていた。
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冷躯は、自身がとても不甲斐なく感じた。
ほんの数十メートル離れた場所にいたというのに、この場を守れなかった自分を悔い、同時に恨めしくも感じてしまう。
本当は、ゼクスが 復讐という行動から離れられて嬉しいのだ。このまま刀眞遼とゼクスが和解すれば、彼は御雷氷家の次代も明るいだろうと考えていた。
冷躯は、捨てたとは言え自身の息子の右腕を切断し、笑っている男の頭を疑う。
「どうだ御雷氷、今の気持ちは?」
刀眞獅子王は、冷躯の方を嘲り笑いながらそう問いかける。
手には雷を宿す顕煌遺物を携え、今の状況に満足していると満面の笑みを浮かべた。
その行為に対して、真っ先に行動を起こしたのは颯であった。
両手に2つの特別な顕現力を放出させ、颶風を起こして獅子王に飛びかかる。
颯の顔は、憤怒そのものであった。自分への怒りも然り、獅子王への怒りへも然り。
深緑の光を迸らせ、敵へ突撃する颯であったが、そこに割り込んだのは冷躯である。
冷躯の顔もまた、憤怒を隠しきれなくなっていた。
同時に「怒り」から来る顕現力が際限なく放出され、
「颯君は東雲契を。……あれを見ろ」
少年は首をふりかけたが、先程まで黒い【顕煌遺物】のあった方を見て、そちらに気を取られる。
はっきりとした意志のある、【顕煌遺物】があった場所には1匹の怪物が「存在して」いた。
その姿は、人間と蛇が融合した怪物「ラミア」そのものである。
両手にはそれぞれ大鎌を持っている他、宙には4つの大鎌が回転しながら周りを漂っていた。
「……あれが元人間と思いたくないな」
素直に感想を述べた颯の腕には、不気味さと気味の悪さから来る鳥肌が立っていた。
『元の姿には戻れませんでしたが、まあ良いとしましょう』
東雲契だったものは、自分の姿を確認して満足そうであった。【顕煌遺物】、【タナトストルドー】の影響か、その声もやっと聞き取れるようなもので、人間本来の声とはかなり違ったものになっている。
颯が振り上げた手をそのまま、警戒するように契の方を見た時。
鎌の一つが、刈り取らんとするように雪璃の方向へ飛んでゆく。
『前回、私の力を直接的に失わせた犯人ですからね』
声は憎悪にあふれている。颯は雪璃の安全を優先するか、東雲契をたおすことを優先させるか、少しだけ悩んだ。
最近は自由行動を与えられていることから、自分の意思で動くことにも慣れつつある彼であったが。
それでも、基本的にはゼクスに頼ればよかったからか、こういう二者択一には弱いのである。
特に、その両方共がかなり重要なことであるなら尚更であった。
颯の、一瞬の迷いは、怪物が望んでいたことであったのだろう。
動きが止まったその一瞬に、大鎌は雪璃の目の前へ躍り出ていた。黒い炎が揺らめき、とっさに防御を試みた雪璃の顔を、軽く切り取ってゆく。
「……私の、【浄化】が効かない……」
かなりショックを受けた様子の雪璃の後ろに、大鎌が再び迫る。
颯は大鎌めがけて【瘴】――東雲契がもともと使っていた力を発動させながら、もう片方の手から【燿】を発動し、速やかに行動へ移した。その早さといえば、今まで行動した中で一番といえるかもしれないものであったが、東雲契の皮をかぶった化物は颯の動きを注視していたのか、繰り出される顕現力に対して対応するように、大鎌を彼女の前へ配置する。
颯と化物の、静かながら激しい、黄緑と紫の戦いが行われている中。
ゼクスを獅子王から庇うように前に出た冷躯と、加害者本人である獅子王はほとんど動かないでいた。
獅子王の考え方は簡単である。刀眞家に生まれながら最初は才能に恵まれなかった胤龍を「不必要」と切り捨て、後に(冷躯たちの協力もあって)成長したゼクスを「必要」とし取り戻そうとした。
拒否された今、同時に刀眞家の地位を落とした彼は「邪魔」な存在であるが故に、今回は東雲契と結託して刀眞の邪魔に成る次代を一緒くたに消してしまおうと考え、実行に移している。
――ただ幾つか、厄介なことと言えば……。
御雷氷ゼクスが、自分の息子を受け入れる選択を示したことと、御雷氷冷躯が目の前に居ることくらいか。
「弱くなったな、御雷氷ゼクス。今まで強い拒絶をしていたからこそ、真価を発揮できていたというのに」
「黙れ刀眞」
冷躯が低く威嚇したが、その効力は威嚇どころの話ではなかった。
獅子王は、自分の毛という毛が逆立つのを感じ取る。手にしていた【雷霆斬】が、今すぐ撤退しろと警告を出していた。
「ゼクスは道具じゃないし、ましてやお前が好き勝手何でもかんでもしていいわけではない」
「その割には、腕1本守れなかったわけだが?」
しかし、獅子王は挑発をやめなかった。既に引けない状態になっている。
途端、蛇が鎌首をもたげるように冷躯から顕現力が発せられた。
過去最高に嫌な予感がしたが、獅子王はその場から動かない。
「実の息子を殺そうとするお前だけには言われたくない」
獅子王の視界から、突如冷躯の姿が消えた。
冷躯のスピードに目が追いついたのは、【髭切鬼丸】とつながっているゼクスだけで、目の前に居た獅子王は愚か、少し離れてみていた遼も突然のことに全く対応できていない。
「妻を傷つけ、息子も手にかけた」
声は、獅子王の真上からしていた。
「あの時から、敵はずっとお前一人だったということだな」




