第275話 「顕現者殺し」
「……どこか、怪我とかしていないか?」
蒼穹城たちとの会話を終え、彼らが去った後にやっと、その場で腰を抜かしている少女にゼクスはやっと気がついた。
赤髪の少女である、とゼクスは簡単に観察を終わらせて少女の状況を確かめた。
斬灯は、大鎌をみて【三貴神】であるにも関わらずゼクスの言葉に従って一緒に伏せていたらしい。真っ赤な顔をしながら「えへへ」と、照れくさそうな顔をしている。
そんな彼女を呆れたような眼で見つめたあと、ゼクスは再び少女のほうに意識を移した。
「本当に大丈夫か?」
「あの……腰が、抜けちゃって」
「友人がたは……もう、逃げてるか」
ゼクスの言葉通り、彼女と一緒に居た生徒たちは居なくなっていた。
へたり込んだままの少女は、ふるふると震えた声でありがとうございますとゼクスに礼を言った。
「えっと、私、一年生の流楠転菜って言います。あの、御雷氷ゼクスさんですよね……? あの、すみませんでし」
「おっとと、急に動いても動かんよ」
慌てて立ち上がろうとして、バランスを崩しかけた少女の体を慌てて支えながら、ゼクスは何を慌てているのかと数秒考えた後納得する。
俺が怖いのか、と。
確かに、ゼクスはこの学園で1番と言っていいほど「有名」でかつトップに食い込むほど「嫌われている」。
去年何をやらかしたのか、という言葉で言えば。沢山のことをやらかしてきた。
何も知らない1年生が、上級生から噂で聞かれてこれば、自分に対して恐れを抱くことは簡単であろう――と。
「ありがとうございました。多分あの時、先輩が居なければ死んでたと思います」
「どうかわからないけれどね……。少なくとも、はっきりと何が起こったのかはわかったから」
そんなこんなしているうちに、少女の腰にも力が入ってきた。
少女コロナが立ち上がったのを確認して、ゼクスは斬灯に目配せをし「送っていってあげて」と支持をすると、そのままあるきだす。
「どこに行くの? 一人じゃ危ないよ」
心配して、そう声を掛けた斬灯に対し。ゼクスはわずかに笑みを見せた。【顕煌遺物】を指差し、笑う。
「俺にはオニマルが居るからね。一人じゃない」
そうして、二人から背を向けたゼクスの眼には、確信に近い何かが宿っている。
ゼクスの眼には気づかず、居なくなろうとする少年の後ろ姿を、2人の少女は見つめて呆然としていた。
「……なんだか、想像していた人物像と違うんですけど……」
「噂には背びれ尾びれがついてるからね。両方の名前を知ってて私が名乗らないっていうのもフェアじゃないし、私も自己紹介をするね?」
「いえ、知ってます。月姫詠斬灯先輩ですよね」
「うん」
斬灯は、少々困惑した様子であった。
「先輩方の関係は、結構噂になっているんですよ? ……【八顕】次代候補の方々には申し訳ないのですけど、色々な」
「私たちは気にしないのよ。噂は噂」
「例えば、月姫詠先輩が御雷氷先輩を好きだとか」
「うっ」
特段、斬灯は隠しているわけではない。が、現在は颯にも好意が行ったり、また別の選択肢を考えたりしている現在の状況で、そんな噂があること事態が少々不都合であった。
今すぐでなくても良い事には良いことであるが、この学園に在籍している間に次の代へ受け継ぐための人を選定することを、注目されていることは――聞かなければよかったと半ば後悔している。
「……行こっか。仲のいいお友達に、コロナちゃんを送り届けないとね」
嫌味を隠そうともしない棘のある斬灯の言葉を、コロナは複雑な感情で聞いていた。
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「契。……何故、白昼堂々に大勢の前で人を襲うような真似をした」
その夜、学園から少々離れた小さな宿屋で、遼は【ギリタストルドー】に話しかけていた。
内容は、6時間ほど前の襲撃事件についてである。
『早く、血がほしいのですよ。顕現力も全然足りません。この2日間で貴方が殺した数は5人、けれど私が一人で動く程度の顕現力しか集まっていないのです』
「しかし、それは失敗しただろう!」
遼は、焦っていた。自分が知らないうちに自分の仕業とされ、契復活という目的が達成されなくなるかもしれない。その原因が、復活させようとしている当人ならば尚更である。
もしかして、自分はいいように使われているのではないか、という不安もあったが。それは自分をごまかしている。
「全ては御雷氷を倒し、契を復活させるためなんだ。軽率な行動は取らないでくれ、頼むよ」
『……そうですか』
【顕煌遺物】は不服そうな声で承諾し、その後は沈黙した。
遼は、鎌に巻いていた包帯を取って宿屋を一旦出る準備をする。
学園外で殺人を犯す、ということを躊躇われたのは最初だけだ。
学園内だろうと、学園外だろうともう手遅れ。
「俺はもう【顕現者】殺しだけど。契を復活させるためなら……」
遼はもう、止まらない。




