第274話 「回る大鎌」
「……アイン、今回の事件をどう思う?」
八顕学園、学生寮。蒼穹城進は、栄都アインが部屋に入ってきたと同時にそう訊いた。少年の眼はアインの眼を見つめている。
こうして行動を一緒にし始めて、数週間が経っていた。アインは自分の意志で毎日朝、進の部屋に来ている。
進から手をだすということもなく、アインも付かず離れずの関係となっていた。
蒼穹城進がやったことと言えば、蒼穹城家の権力を使って刀眞家から栄都家を完全に分離させたことだろうか。
アインは最初こそ感謝しているのかしていないのか微妙な顔であったが、すぐにそれを理解できた。
まだはじめの一歩こそすれ、男に大事にされているとアインは感じたのである。
「僕が考えたことが失礼に当たるなら、正直に行ってほしいんだけれど」
「うん」
「今回の犯人は、僕達に近かった人物だと思うんだ。……カネミツもそう言ってる」
進は、自分の【顕煌遺物】を手に取りながらそう言った。
「僕が考えるに――」
「遼のこと、疑ってるの?」
アインの、非難するような眼をじっと見つめながら頷いた。
呆れているわけではないが、その根拠を問いたいような顔である。
「遼の近くに、契の顕現力を感じるんだ。微々たるものだけれど」
「でも、遺品のブローチを持っていたわよ? ……【顕現】に関係することなら、あなた達のレーダーに反応するのではなくて?」
「そうなんだよね……。まあ、今日のお昼にでも観察してみる?」
進の意味ありげな目線を受けて、こくりと。アインは頷く。
「でもまずは、彼がどこに居るか突き止めないと」
「それはさっきも言ったとおり、顕現力を辿って特定するよ」
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「結局、明確な答えは得られなかったね」
氷堂燕一壽の研究室を出たゼクスと斬灯は、並んで食堂の方……古都音達との合流地点に向かっていた。
結局、燕一壽は「少しだけ考えさせてくれ」と2人を締め出してしまったのである。
ゼクスは、【八顕】の臨時会議が昨日行われたが、難航したことを知っている。ほとんど何も上がらなかった以上、仕方のないことかもしれないが。
近々、【八顕】が学園に乗り込んでくることもそうかからないだろうと、そう考えたゼクスはまず顕現力のありかを探すことにしているのだ。
「斬灯、顕現力は辿れるか?」
「……そんなこと、簡単にできるみたいに言わない……もう!」
斬灯が反論を言い終わらないうちに、少年は走り出したのだ。
横顔が後ろ姿に変わるまでの僅かな間、ゼクスの顔には明確な「殺意」が現れていることを斬灯は感じ取り、自分も気持ちを引き締める。
ちなみに、顕現力を辿るという芸当はどの【顕現者】でも出来ることではない。
【顕煌遺物】の契約者は、契約先と意識を共有することによって、人間が知り得ない情報を得ることが出来る。
ゼクスの足は早く、授業と授業の間でごった返す生徒たちが悲鳴を上げておろおろするのも構わず走り抜ける。誰も一人で歩かないせいで、むしろ混雑具合は上がっているようにも感じられた。
その後ろを、斬灯は一人ひとりに「ごめんなさいっ!」と大声で謝りながら追っていく。
その時、ゼクスが「伏せろ!」と叫びながら【桜霞】を起動させた。
周りにいた生徒たちは声のした方を向き、最低限訓練されたなりの動きで素早く屈む。
しかし、その鎌は高速で回転しながら姿勢を低くしそびれた女子生徒に襲いかかろうとしている。恐らくは学園に入学したばかりの一年生だろう彼女は、悲鳴を上げることもできずに、目の前に迫る鎌を見つめている。
ゼクスは、今まさに少女の首を刈り取らんとする大鎌と、少女の間に【桜霞】を挟んでそれを弾いた。
【桜霞】が、【顕煌遺物】に対して僅かに対抗しきれずヒビが入ったことを認識し、彼は顔を歪ませながら【髭切鬼丸】を抜く。
弾かれた鎌はすぐに来た道を帰るように、空を滑って行く――が、まるで示し合わせたかのようにそこへ進とアインがやってきた。
進は状況をひと目見て、状況を理解したようである。迷わず目の前に迫る大鎌を見据え、素早く【氷神切兼光】を抜き放った。
「――んなっ!?」
しかし、その鎌は意識を持ったように、とんだ斬撃を躱す。実際に意識を持っているのだろうが、その動きすら予測して放った進と【氷神切兼光】の斬撃をも躱したそれに、進は唖然としてしまう。
斬撃は鋭くまっすぐゼクスの方へ飛んでいき、【髭切鬼丸】を抜き放って斬撃を相殺する。
その間に、鎌はどこかへ飛んでいってしまった。
コトが終わり、生徒たちが慌てて去っていくのを横目に、ゼクスと進は対峙する。
ゼクスの後ろには、先程命を失いかけた女子生徒が腰を抜かしたまま動けずに居た。
「……蒼穹城。アレは間違いなく」
ゼクスの、核心に近づいたような目つきを見て。
進は、素直に頷く。
「うん。……あれは、契の顕現力が感じられた」




