第270話 「呼び出し」
「……だいぶ落ち着いてきたみたいだな」
ゼクスと斬灯は、喫茶店で遅すぎる朝食を食べていた。
サンドイッチを貪るように、しかしながら上品さを失わず頬張る少女に、少年は笑いかけながらコーヒーを口に含んでいる。
「ゼクスくんのおかげなの、ありがとうね」
「……おう」
儚く笑った斬灯に、ゼクスはその奥に何かを見つめながら返事をする。
彼女を知らない人がよく見れば、もう立ち直ったのかと感じてしまう人も多いのかもしれない。
が、斬灯との付き合い1年。彼女から想定した以上の好意を向けられてきたゼクスには、多少なりとも少女の僅かな表情の差を感じ取れるようには鳴っていた。
――彼女は確実に、悲しみを押し殺そうとしている。
恋人の1人でも居れば、縋ることも出来ただろうが……と。ゼクスは無責任にそんなことを考えつつ、思い切ったことは何も出来ずにいた。
「…………」
「…………」
恋人といえば――と、ゼクスは脳天気に善機寺颯と彼女、そして雪璃の三角関係はどうなっているんだろうと従兄弟として、友人として、兄としてそれぞれ考える。
正直、斬灯が自分を諦めてくれているのかすら定かでない。
「なぁ」
「……ん?」
沈黙の後、先に声を発したのはゼクスの方であった。
すでにコーヒーは飲み終わっていて、斬灯の頼んだサンドイッチをつまんでいる状態である。
無断で。
「……そろそろ出よう」
「んっ? うん、ええと。……あ」
少女は、周りの雰囲気を感じ取って、頷いた。
周りの客、店員が「店内に明らか、格の違う人間が居る」と感じ取っているのかにわかに騒ぎ始めている。
斬灯はともかく、ゼクスは去年の間に数回、決闘の様子が生中継されている。
人気者、という訳にも。
嫌われ者、というわけにもいかないが、ある意味では有名人であることに変わりはない。
ゼクスは代金を手早く払い終わると、斬灯の腕を掴んで強引に引きずっていく。
「早く行こう」
「……うん」
少女は、少年に引きずられるがまま店の外へ連れて行かれ。
そのまま、店の外に出た。
「……やっぱり個室のある店じゃないと駄目だな。目立ちすぎる」
「……うん」
やはり「そのへん」の喫茶店では行けなかったのかもしれない――と、しゅんとなってしまった斬灯。
そんな彼女を励まそうとしての行動か、ぽんぽんと頭に手をやったゼクスは学園に帰ろうと提案した。
「多分、明日の昼には生徒が集められるだろうな」
「……今日じゃなくて?」
「今日にはならないと思うよ」
ゼクスは、携帯端末の通知をちらりと確認して、何も来ていないことを根拠にそう推測する。
【八顕】に連絡が届き、緊急の会議が行われ、現状を伝えるには少なくともそのくらいの時間がかかるだろう……と。
「一応、当代に連絡してこちらでも手伝えることがないか相談してみる」
「……そうね」
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「うー……」
亜舞照鳳鴻は、携帯にメールが届いたのを確認して難しい顔をしていた。
ディスプレイと古都音・聖樹の2人を交互に見、気まずそうな顔をする。
事情を先に察したのは、古都音であった。
「呼ばれたのですか? 【八顕】に?」
「……うん、でも君たちを優先させるべきなんだろうねと僕は思うよ。アズサも今は落ち込んでいるし」
学園側から来た連絡は『各自で己の身を護ること。1人で行動しないこと』『本日の昼から授業はすべて休講』のみであった。
現状の把握が学園側でも困難なのだろう、と。鳳鴻は察しながらどうしようか、悩む。
「鳳鴻!」
声のした方に鳳鴻が視線を向けると、そこにいたのはロスケイディアの三人であった。
戦々恐々としている八顕学園の面々とくらべれば、幾分か余裕は感じられるが、ミオもミュラクもあたりを警戒している。
「こっちにも連絡は来た。愛詩聖樹と、終夜古都音は僕達が引き取るよ」
「……それでもいい? 聖樹、古都音さん?」
鳳鴻の言葉に、まず古都音は頷いた。ファルクシオン家とは家族的にも親睦を深めている状態であるし、目の前の彼は信用のおける人間である。
しかし、聖樹は迷っているようだった。
「私は……、でも、この足だし、迷惑かけるかも」
「問題はないのですよ、聖樹さん」
いらぬ配慮だ、と優しく微笑んで彼女に声をかけるミオに、聖樹はうんと頷く。
鳳鴻も頷き、ネクサスに迷惑を掛ける、と頭を下げ――。
食堂の窓を開けて身を乗り出し、飛び降りてから。
一迅の風の如く、高速で姿を消した。
「正直、自分の部屋も今は安全じゃない」
その場にいた生徒の大半が呆けるなか、足早なその場を離れながらネクサスは辺りを見回す。
「ゼクスからさっき、連絡があったよ。半年前と同じ、危険な顕現力を感じたってさ。今から戻るともね」
古都音は、半年前のことを思い出そうとしていた。
やっとこさ、五桁ポイント作品になりました、
これからもよろしくお願いします。




