第027話 「冷撫との昼食」
「【結晶】にヒビ入ってんぞ」
アマツにそう指摘された俺は、慌ててそれを見た。
確かに、いくつも亀裂が入っている。それも、目に見える深さで。
何時の間に入ったんだろう? 最後に確認したのは確か、学園長室に向かう時でその時はなんともなかった。
ということは、学園長室の中かアズサさんに紹介してもらった時、後は蒼穹城と対峙していた時しかないのか。
「これ、このままで大丈夫なのかね」
「駄目だろ。俺の持ってる予備を先に渡しておくからそれ寄越しな」
退院したら親父に送る、とアマツ。
割れた原因を解明できれば、研究も進むのかな。
俺は首をひねって、とりあえず新しいものと交換した。
半透明な白い結晶は、透明であるが故にその状態を確認しやすい。
「うーん、これ内側からヒビが入っている気がしますけれど」
「だよな」
言われて見れば、確かに。亀裂が入っているのは内側だけだ。
でもそれがありえるのだろうか?
それともこの【結晶】は、負荷をかけると内側から亀裂が入るようになっているのか?
まあ、ソレしかないか。
「……俺は起きたし、鈴音は飯食ってこいよ」
話は終わり、というふうに入院食を食べ始めたアマツは、俺を見つめながら冷撫を連れて行くように指示をした。
どうも、今日の朝から何も食べていないらしい。
冷撫は「食べましたから!」なんて言っているが、直後に腹が鳴って赤面。
うん、連れて行く事にしよう。
「じゃあ、また明日」
「ああ、また明日」
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「さっき、なんの話をしていたんですか」
冷撫は不機嫌であった。俺が無理やり食堂へ連れてきたのがいけなかったのかもしれない。
でも、正直アマツが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。どうも、アマツは自分を縛るものが嫌いなようだ。
それは前々からわかっていたことだけれど、あの顔は流石にもう見たくないな。
俺から言ったって、冷撫は変わらないのだろうけれど。
「いやー、別に何も」
「私が追い出されたということは、私が聞いては不都合なことがあるんですよね」
変に心配されるからな。
何で隠してた? って聞かれても困るし。
それよりもと俺は茶を濁して、何が食べたいか彼女に聞く。
まだ午後2時。俺もまだ食べていなかったしちょうどいいだろう。
食堂には5グループほどの男女がそれぞれ固まって飯を食べている。
こちらに注目を向ける人は居ない。
それが今は都合が良かった。
彼等が俺のことを【三劔】だと知っていたら。
注目をあびるか、食堂から出て行くかのどちらかだろうから。
「私はから揚げ丼がいいです」
「ほいほい、買ってくるから待ってて」
飲み物は冷撫に任せる。ここの食堂は券売機式か、なるほどね。
授業が始まって、昼食の時間になれば長蛇の列がここに出来上がるんだろう。
中学時代にこういうのはなかった。普通の公立中学校にあるはずもないのだが。
「アイスコーヒーで宜しかったでしょうか」
「ありがとう」
二人分のから揚げ丼を持って席に戻ると、彼女はすでに席へ戻っていた。
瞳は俺から視線をそらすようにつんとしており、しかし端から見れば表情は殆ど読み取れないだろう。
でも、長年一緒にいたら分かるな。
明らかに不機嫌。
「不機嫌になるなよ、冷撫」
「だって」
「全部を知ろうとしても良くないぞ」
その言葉に対して、首を傾げる冷撫。
「……そうですね。ゼクスくんが私たちに自分の気持ちをきちんと話してくれるまで、時間がかかりました」
「そういうこと。冷撫には、まだ話をしていないことがたくさんある」
彼女は【re】式の仕組みも何も教えていない。
ただ、冷撫は「八龍ゼクスが神牙アマツを助けた」という事実しか知り得ていない。
これの詳細を知っているこの学園の生徒は、多分アマツだけだろうな。
教えてはいけないというわけでもないけれど、何もかも出来るわけじゃないし俺は頼られたくない。
あまり好きじゃないんだ。入学式の時のアレもそう。
誰かに頼られるというのは、結局誰かを背負わなきゃいけなくなる。
俺には、まだ、それを可能にできない。
「……ゼクスくん?」
気づけば何分経っていただろうか。
我に返って顔を上げ、冷撫の方を見つめると怪訝な顔をされていた。
「お話し聞いてました?」
「……聞いてなかった」
「座学、3人で一緒の授業を取ろうってアマツくんとお話していたのですが、興味深い授業があったのですよ」
ほう。
冷撫が興味を惹かれる授業に、俺も興味がある。
アマツに勉強を教えてもらってでも「座学」が大嫌いだった冷撫が、ねえ。
この少女、実におとなしそうな顔をしながら座学苦手だからな……。
「【顕現式構築の基礎】という授業があったんですけどー」
「それ、俺が受ける意味なくない?」
次回更新は明日。早ければ日をまたいだ頃。




