第261話 「自由意志」
「栄都アイン」
「……何?」
栄都アインを尾行していた颯は、彼女が人気のない校舎の裏に進んだあたりで声を掛けた。
校舎の裏は、お約束のように不良が屯している場所でもあるが、そういう意味ではなく。
颯は、これ以上彼女に見つからず尾行出来る自身がなかったためでもあった。
「少し話さないか」
颯の言葉に、栄都アインは少しだけ首を傾げた。
が、数秒後にそっけなく返し、先を見返してからもう一度颯の方を向いた。
「……必要ないでしょ? 御雷氷ゼクスのお話は?」
「アレは主の考えだ。俺もそれは変わらない」
「なら」
私と話すことはないわね、と鬱陶しそうに手を振った少女に対して颯は彼女の肩を掴んで強制的にこちらを向かせる。
そして、視線を颯に集中させるようにして顔を向かせると、まっすぐその目を射抜くようにした。
「俺は、お前の話が聞きたい」
颯としては、今だけはゼクス側などという意味ではなく、善機寺颯自身の意見を言いたかった。
「刀眞家も、蒼穹城家も、栄都家も関係なく。栄都アイン……お前の話が聞きたい」
それに栄都アインも察したのか、コクリと頷く。
誰にも感じられないほど、微細な顕現力が颯から流れだしたことに誰も気づいていない。
颯はアインに視線を向けたまま、彼女が何か言葉を発するのを待つ。
「私の意志は……」
「それは本当に、お前の意志なのか?」
「……難しいことを訊くのね」
颯の本当に考える「意志」というものがどこにあるのか、アインには理解しがたかった。
今まで、自分の意志だと教えられてきたものはすべて刀眞家のもので、それがいつしか自分でも刷り込まれている。
唯一、彼女が抱いていた遼への恋慕すら、親からの刷り込みであるのかもしれないとアインは感じていた。
故に、――同時に彼の視線に負けて白状するように嘆息した。
「今まで、100%自分自身の意志で何かしたってことは一度もない」
「何故しない」
「環境が違うもの。貴方はあの時期、腰巾着だったとしても最低限【八顕】だった」
当時、力を失っていたとしても、善機寺家は【八顕】の1つであり【神座】に選ばれた家系である。
蒼穹城や刀眞が、道具のように扱えていたはずがないのだ。
力がなくても、少なくとも【神座】の加護があることも。そもそも颯は力がないことではなく、出そうとしていないだけであったが。
しかし――。
「【三劔】は、その称号がなければ私と蜂統アガミは御氷家と違ってただの一般家庭に過ぎない」
冷躯が育ってきた【御氷家】は特別である。【八顕】が存在していない、8つの神座が発見されていなかった頃はむしろ当時の「空城」家よりも力は強かったくらいであるからだ。
あの時、【八顕】に選ばれなかった理由はわからない。が、刀眞が追放された時に選ばれたということは、彼らに資格がなかったというわけではないということ。
しかし、栄都は代々護衛を務めていると言っても、出は一般である。今でこそ【三劔】として選ばれ、1ランク上の生活ができているとしても本質は変わらないのだ。
「でも、蒼穹城進はあの時私を救ってくれるって言ってくれたの。だから初めて少しだけ、自分の道を選べたと思ったのに。……なのに」
「意志は、誘導されて決定するものではない」
しかし、善機寺颯はそれを切り捨てる。そして、先ほど彼女から訊いた言葉を整理して「あ」と何かに気づいた。
自分なら、例えばゼクスなら。本気で少女を救おうとし、刀眞家から引き剥がそうとするならば。
たった1週間だけだったとしても、権力を行使することは容易い。
「そもそも、1週間経っただろう。何か成果はあったのか」
「……いや、まだ何もだけれど」
「それだ」
颯は一度だけ、彼女を強く抱きしめるとそのまま何処かへ立ち去ろうとする。
唖然としたアインは突っ立ったまま彼を見つめ、少年は一度だけ彼女の方を振り向き、残酷な言葉を投げかけた。
「衝動的になるのもわかるが、結局はその程度ということだ」
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そんな2人から少し離れた場所。月姫詠斬灯は、ちょうど2人が一瞬だけ抱き合っているのを目撃してしまう。
「っ……えーっ?」
一瞬、あらぬことを考えてしまった少女であるが、すぐに2人が離れたこととアインが唖然としてしまっていることに気づいて何があったか察する。
立ち去った颯をじっと見つめ、そこにどこに行こうか迷いがないことも考えながら、最終的に颯の消えていった方をじっと見つめた。
「颯君……アレで無自覚なんだからもー」
少々安心しながらも、斬灯は不安に考えてしまう。
ライバルが増えるかもしれない、否――。
確実に増える。
颯のほうが主人公っぽい。
更新が遅れて申し訳ないです。
次回更新は木曜日です。
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