第253話 「特異性と特別性」
「私も、反省しなければなりません」
【ATraIoEs】組の部屋で、ネクサスの腕に抱かれながらそうつぶやいたのはミオ・ミスティスであった。顔をうつむかせ、子犬のように落ち込んでいた。
それもそのはず、今まで見出すほどの特別性がないと考えていた御雷氷ゼクスが、善機寺颯を超える物を持ち合わせていたからである。
彼らはネクサスの空間支配力、ミオとミュラクの適応力で柔軟性に優れた戦い方をする。
どんな敵にも対応できる。それが【Neo-Val-Xione(ネオ-ファルクシオン)】の次代と、その護衛兼婚約者の戦闘スタンスであった。
「アレは特別性どころか、特異過ぎます。顕現力が彼を避けるように動いたんですよ? 【顕現者】の意志とは別に」
「いや? アレはゼクスが内包する意志が、相手の【顕現】を完全に拒絶しきるほど強かっただけだろうし……。父様から聞いていた冷躯さんと同じようなものを持ってるんだから、なにもおかしくないとは思うけれど」
ネクサスは至って冷静で、ミュラクはすでに眠っている。
その状況を、ミオは異質だと思わざるを得なかった。
「ネクサスくんは、おかしいと思わないのですか?」
「思わないよ。……この世界って、こうできてるんだから」
俺だって、いろいろと特別だろ? と。
ネクサスは、ある意味ではゼクス以上に特異な人間を忘れているぞと笑ってミオの頭を撫でた。
「ネクサスくんが変わってしまったのは、私達の責任です」
「そのことに、ミオが責任を感じる必要はないって」
ミオは、少年が自分の右手を強く握りしめたのを見逃さなかった。
同時に、自分たちしか知らない彼の事情をより一層強く自分のせいであると思い込んでしまう。
そんな少女の自責を察してか、ネクサスも悲しそうな顔に表情を変えて「もう、いいんだ」と彼女に話しかける。
「俺が選んだ結果なんだから、問題ないよ」
「しかし、とんでもない重荷です」
これしきのこと、重荷にならないよとネクサスは笑った。
ミオに再び、あまり考えないように諭して自分の選択に従うのは【顕現者】としてあるべき姿だと教授する。
深刻そうな話をしている間、ミュラクは猫のように丸まって安らかな寝息を立てている。
これが3人の関係図に一番近いものであった。
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「楽しくないのです? せっかくの、半年ぶりにデートですよ?」
少女は、隣を暗い顔のまま歩いている少年を見つめながら、そう言った。
灰髪の少年は少女を見つめ、弱々しい笑顔を向けたが目に光は宿っていない。
古都音は、はてさてどういたしましょうと困惑する。
少年が、なぜこうなっているのかわからないためだ。
決闘に完全勝利し、晦蓮屋にも完全勝利した。
戦果としてはこの上ないのにもかかわらず、その本人は喜ぶ素振りすら見せない。
「ゼクス君、何か気に触ることでもあるのです?」
「いやー。……ちょっと疲れすぎただけ……だ?」
単にゼクスは、【拒絶】の多用で疲弊しただけであった。
その事実を伝え終わらないうちに、優しい光が古都音の手から、自分の手に伝わってくるのを見つめて全く仕方がないなと溜息をこぼす。
「回復、ありがとう」
「いえいえ。……私はせっかくのデート、それも完全勝利の後のデートを楽しみたいので」
古都音の言葉に、僅かな変化を感じ取ってゼクスはもう一度ため息。
少女の手をしっかりと握って、彼女の方を向く。
「俺の言いたいことは、さっきみんなの前で言った」
「はい、しっかりと聞きました」
「古都音はあれで構わなかった?」
「はい、何も問題はありません」
むしろ、ああはっきり言ってくれたほうがこれからの状況が楽になるでしょうし、と微笑む少女につられてゼクスも笑ってしまう。古都音は、いつでもゼクスの希望であった。
故に、ゼクスも古都音を精神的には寄り添っていける。
「学園生活は1年分短くなってしまいましたが……。私と一緒に居られる時間は一緒なので問題ないのです」
「そうだな」
ゼクスはここまで来て、もう前しか見つめていない。
今回の決闘も、【拒絶】の限界がおそらくないこと、【髭切鬼丸】の新しい力、【桜霞】と【始焉】の有用性も証明できている。
颯が力を使いこなせており、かつ制御もしきれていることを考えれば収穫は十分にあった。
今年は安心して過ごすことが出来そうだ、と確信に近いものを掴んだゼクスは、古都音が呆けているのを見て軽く手を引く。
「まだ16時か、早いが……。飯を食いに行ってもいいだろうか?」
次回更新は遅くても水曜日です。




