第250話 「邪悪な笑み 下」
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「いい加減……、背中をむけんな!」
たった数十分前とは打って変わって違う態度を示す晦蓮屋に対し、ゼクスは怒りを爆発させるように【始焉】を投擲した。
サクッ、と花留めに生花を刺すような音とともに【始焉】は晦の走っていたすぐ前に突き刺さり、急いで避けようとした彼は制服が掠っただけで切れてしまっていることに気づく。
「ヒィィィ!?」
「【桜霞】!」
ゼクスが叫ぶと、彼の側を浮遊していた盾型【顕装】が桜の花びらを咲かせるように開き晦を空中へ打ち上げる。
【顕現属法】でなんとか自分の体勢を保とうとする晦であったが、失敗し落下。
落下地点にゼクスは立ち、【髭切鬼丸】を掲げていた。
『遠慮は本当にいらんのじゃな? 殺してしまうぞ?』
『いや、殺さないよ。そのくらい、かの伝説の【髭切鬼丸】には簡単だろう?』
少年の期待に、オニマルは「伝説、とは?」と自分の伝承を聞き返しながら、どうやって生かさず殺さずの状態にするか考える。本来敵を斬る【顕煌遺物】であるオニマルは、その切れ味と殺傷能力から学園での出番がほとんど無かった。
オニマルは、今この状況をチャンスと判断する。この状況で正しい判断をすれば、学園内でも使ってくれる機会が増えるかもしれないのだ。
あくまでも模造品である【顕装】より、オリジナルである【顕煌遺物】が優秀であることを証明したい。
そう考えた意志のある武器オニマルは、先ほど言っていた『顕現力のみを吸い取る』方法を使うことにする。
【髭切鬼丸】自体が持っている顕現特性は5つ。
【透過】【伸縮】その他3つであるが、今彼女がなそうとしている【吸収】も同じようなものである。
「今だ、オニマル」
ゼクスの合図で、オニマルは自身の色を白から灰色に変える。輝きを失う代わりに、鈍い光があたりを照らす。
タイミングを合わせ、いつもどおりのように切り払ったゼクスは、【髭切鬼丸】がまるで実体を持っていないように晦蓮屋の体をすり抜けるのを見た。
心臓あたりを通過したとゼクスが感じた次の瞬間、晦蓮屋の姿はそこになく。
転送先の安全地帯に、彼は転送されていた。
『甘いのぅ。決闘で殺せばよかったのではないか?』
文句を言うオニマルに、ゼクスは首を振ってから『オニマルでする価値はないからな。勿論、【始焉】や【桜霞】でもする価値はない』と答え。
すでに麻痺毒を突破し、刀を持ってこちらに突撃してくる刀眞遼の不意打ちを、そちらを見もせず【髭切鬼丸】で受け止めた。
「よくも……よくも契を」
「……刀眞遼」
ゼクスの顔に、邪悪な笑みが戻った。同時に頭のネジが一つ外れる。
「契の仇だ。死んでもらう」
「やれるものならやればいいさ。……俺の復讐も、終わっていないんだからな」
「【雷霆斬】、敵を砕け」
刀眞遼は、父親の獅子王から受け継いだ【顕煌遺物】を呼び出していた。
地面が割れるように雷がどこからともなく降り注ぎ、一振りの刀が現れる。
「お前は、俺の家族を壊した」
「それは俺の元家族でもある、だろ?」
「壊したんだ。俺の家族を、俺の大切な人を」
「……刀眞遼、お前は俺の何も壊していないと?」
スッ、と。
ゼクスに戻っていた笑みは、再び消えるものになる。
代わりに宿ったものは激しい憎悪だ。目の前の何もかもが見えなくなるほど視野が狭まり、一点――刀眞遼だけを見据える。
「刀眞一家、蒼穹城進、東雲契……お前たちが壊したのは、ただ一つだけだ」
この決闘の、もともとの目的も忘れてゼクスは顕現力を発散させていた。
残っていた晦側の生徒たちも、ただそれだけで吹き飛ばされ地面に叩き落とされ……。
ネクサス達も、防御態勢を取らなければならないほどの衝撃に思わず顔をしかめる。
その中で、颯だけが何も動じずに立っていた。
彼の見据える先は栄都アインである。
「俺の心だ。……だから済まんな」
ゼクスの姿が、刀眞遼の視界から消える。
同時に栄都アインが颯に、颯が栄都アインにそれぞれ突撃して巨大な爆発を起こした。
「刀眞遼、お前は俺から古都音を奪おうとした時があったな」
彼は上にいた。
【髭切鬼丸】を上段に構え、叩き斬る勢いで落下する。
着地の瞬間、あたりは顕現力による大きな爆発と、土煙に包まれた。
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