第248話 「邪悪な笑み 上」
井之上泉都は、八顕学園の中ではありふれた存在であった。
当たり前のように【八顕】の面々に劣り、特別な何かも持っていない。
優秀、という言葉にも当てはまらず、よくも悪くも「平凡」な正式【顕現者】候補の一人であった。
今回の決闘も、晦蓮屋の取り巻きの一人として参加したのみである。
蓮屋の話しによれば、5人を300人の数で押しつぶすことは容易であると。こちらにリスクは少ない……と。
……だが。
――だが、この阿鼻叫喚の図は何なのだろうか?
相手に向かっていくことも、無様に逃げることもできず泉都はただ突っ立って、戦いの場を見つめていた。
その状況をうまく表すのに、拮抗などという言葉は似合わなかった。
数によって叩き潰す、という状況ではない。
むしろ、場を支配されて……。300人中の向かっていった最初の200人が、たった5人によって蹂躙されている。
「なんなんだよ、これ……!」
ロスケイディア勢は、むしろ相手が多ければ多いほど活き活きとしているようにも感じられる。
ネクサス・ファルクシオンを中心に、2つの衛星が常に動き回っていた。ネクサスは【Vy-Dialg】を【複製】して周りを寄せ付けず、その僅かな穴に押し込まれた数人をミオ・ミスティスとミュラク・ アルクドレイクルが倒してゆく。
ミオは水が流れるような優雅な動きで、ミュラクは烈火の如く激しい動きで。
その中心にいるネクサスもネクサスで、ただ自分が守られるだけの存在ではなく。
二人の動き回っている外側で、【Vy-Dialg】10本弱を同時に操作していた。
【Vy-Dialg】は赤い雷霆を纏いつつ、縦横無尽に空を駆け回る。
「これが……」
メインターゲットであるはずの、善機寺颯と御雷氷ゼクスも、予想とは大きく状況が異なっていた。
彼らへの攻撃は一切効かず、というよりは超常的現象のように攻撃が当たらない。
【顕現】や【顕装】による遠距離攻撃は颯とゼクスを避けるように動き、近距離攻撃もその攻撃部が不自然に曲がってでも二人に危害を与えようとしない。
生身による攻撃のみが有効に見えたが、それもゼクスたちには意味を成さない。
晦側が【顕現】を使っても意味が無いのに対し、ゼクス側は使い放題なのである。
今まで、大して使えもしない【顕現】にすがっていた生徒たちは、為す術もなくやられていっていた。
「どうした? 俺を倒すんじゃなかったのか?」
会場の相手すべてを嘲るように、ゼクスは邪悪な笑みを浮かべてみせる。
彼が発動させているのは【拒絶】。自分と一番の仲間を、味方以外の【顕現】攻撃に対して【拒絶】させているのである。
颯は両手のそれぞれ【燿】と【瘴】をあたりに撒き散らし、毒ガスのように場を支配していた。
【顕現】されたガスに対して切り抜けた人々も、自分の攻撃は当たらず一方的に攻撃を食らってゆく。
ゼクスは、【髭切鬼丸】を手に最小限の傷を負わせていた。
あくまでも傷つけるものは「晦蓮屋」「刀眞遼」で、それ以外は切断すらしていない。
峰打ちと称するには威力の強すぎるものであるが。
『オニマル、このまま叩き潰すが良いか。それとも顕現力だけ何とかして吸い取れるか』
『簡単に言うのぅ、ゼクス。出来無いということはないが』
オニマルの反応に、ゼクスは「本当にできるのか」と驚いた。が、しかしオニマルは『でもダメじゃ』と意見を却下する。
ゼクスは反応の意味がわからず、「どうしてだよ」と。
その間にも、気絶させる程度に相手を次々と切り伏せ、颯とアイコンタクトを取りながら立ち位置を変えてゆく。
向かう先は待機している刀眞遼と晦蓮屋の場所であり、阻む敵の顕現力を切り捨てた。
『こちらの顕現力になったとしても、ゼクス自身の顕現力には還元されん。こういうのは1対1の時に使うものじゃ』
『いつの間にか、俺の身を案じるようになったのか』
ゼクスの感心に、オニマルはパートナーじゃからなとかなんとか言って言葉を濁す。
刀眞遼らの姿は、もう目の前に迫っていた。
次回更新は明日です。




